「御剣君!大丈夫だったの?!」

翌朝、登校直後に教室に飛び込んできた遠野に散々肩を揺すられて、光は困り顔で、うん、うんと返事を繰り返していた。

昨日は、蓬莱寺に借りた制服に着替えた後、同じく蓬莱寺の提案で、一緒にさっさと下校してしまった。

美里や遠野が気にかかったけれど、とりあえず彼女たちに危害が及ぶような事はないだろうと、言われて光も納得したのだった。

佐久間達は、一晩くらいは身動きが取れないだろう。

一方、光の怪我は殆どが完治してしまった。

ただ、それでは何かとおかしな目を向けられる事もあるからと、以前朋恵に言われた言葉を思い出して、絆創膏だけは貼り付けたままにしておいた。

神妙な面持ちの遠野に、光は苦笑いを浮かべる。

「少し怪我をしたけれど、大事ないよ、昨日は有難う」

「わ、私は別に」

「先生を呼んできてくれたんだろう?蓬莱寺から訊いた」

美里が蓬莱寺を呼びに行った事も、遠野は知っていた。

彼女の中では蓬莱寺が光を助けたという事になっているようだったから、話を合わせておいた。

こんな時くらいしかあの馬鹿は役に立たないからと、相変わらず容赦ない言われ様だ。

「でも、光君に怪我させるなんて、まだなっちゃいないわね」

「遠野さん」

「アン子でいいって言ったでしょ?ね、君、当分あの馬鹿と一緒に帰りなさい、何の役にも立たないだろうけど、護衛くらいにはなるだろうから」

「護衛で役に立ってんじゃねえか」

ブスッとした表情で、蓬莱寺がふらりと現れる。

「おはよう、御剣」

「おはよう」

「怪我は大丈夫かよ」

「ああ」

「そっか」

「そっかじゃないでしょ!」

飛び上がって頭を叩いた遠野に、蓬莱寺はいってえと声を上げて、そのまま勢いよく噛み付いた。

負けじと言い返す姿を眺めながら、光はニコニコと笑っている。

「御剣君」

振り返ると、隣に美里が掛けていた。

「昨日、あの」

「美里さんが、蓬莱寺を呼んできてくれたんだろう?」

「え、ええ」

「有難う」

微笑まれて、少女はポッと頬を染める。

「いいのよ」

怪我に目を留めて、再び表情を曇らせる様子に、大丈夫だよと声をかける。

「これくらいかすり傷だから、美里さんが気にしなくていい」

「でも」

「痛くないから、平気だよ」

―――やはり、朋恵と話しているようだ。

美里もまるで自分の事のように辛そうな顔をしていたから、妹によくしていたように微笑みかけると、似た様子で口元を綻ばせた。

(懐かしいな)

予鈴が鳴った。

「あ、あたし、戻らなきゃ」

遠野は蓬莱寺を蹴りつけて、光と美里には笑顔で挨拶すると、そのまま教室を出て行った。

「あいつ、いつか絞める」

悔しそうに呻いて、蓬莱寺も自分の席へ戻っていく。

隣で記録用のノートを広げた美里を眺めてから、光も、教室に入ってきたマリアの方を向き、姿勢を正した。

 

 美里は、今日は生徒会の仕事があるのだという。

クラス委員もこなしているようだし、人のために働く事が苦にならない少女だ。

責任感があり、寛容だから、誰からも頼られてしまうのだろう。

遠野も姿を見ていない。

重箱の包みを持たされて、隣では蓬莱寺がニコニコと、光が鞄に教科書を詰め終わるのを待っている。

「うまかったなあ、あの、魚」

「サワラの漬け焼き?」

「サワラってのか、あれ」

「魚に春って書いて、鰆と読むんだ、旬の魚だよ」

「へえ、あ、あとさ、あれも旨かった、和え物」

「菜の花」

「へへへ、御剣って、ホント料理上手な」

光は、約束どおり、蓬莱寺の分と併せて、重箱で弁当を持って来た。

少し作りすぎたかと思ったけれど、景気のいい食べっぷりに、それは杞憂だったと知った。

明日からも、当分、世話になっている間は、作り続けたいと思う。

蓬莱寺が喜ぶ姿は、何故かとても好ましい。

「終わったか?」

「ああ」

「帰ろうぜ」

今日こそラーメンを食わせてやると、蓬莱寺は息巻いている。

それほど美味しいのかと、光も多少楽しみでいた。

他愛ない話をしながら、階段を下りて、昇降口を抜ける。

校庭を進み、門に差し掛かったところで―――2人は足を止めた。

「よお」

昨日の三人組の1人が、怯えた顔で薄ら笑いを浮かべて、立っている。

「昨日は、どうも」

「てめえ」

蓬莱寺が前に出て、担いでいた紫の包みを下しながら、肩を怒らせる。

「まだ用でもあんのか」

「い、いや、違うぜ、俺の用はもうない!ただ」

「何だ」

「佐久間さんが」

チッと舌打ちが聞こえた。

蓬莱寺が漏らしたのだった。

いいかよく聞けと、包みの先端を向けながら、声には怒りが滲み出している。

「パシリのてめえにお遣いだ、佐久間ん所戻って、今後一切御剣に近づくんじゃねえって言っておけ、用があるなら俺が聞いてやるってな」

「そ、そんな事言って、いいいいのかよ!」

「はあ?」

「てめえの大事なもんを、預かってるぜ、御剣」

必死に虚勢を張り続ける、少年の姿を、光はじっと見据える。

「大切なもん、だと?」

「ああ、そうだ!」

そして、少年は、佐久間が御剣にとって大切な人物を預かっているから、返して欲しいならこの場所に来いと、懐からくしゃくしゃになったメモを取り出した。

突き出されたそれを、蓬莱寺がひったくるようにして取り上げる。

「これは、あの廃ビルか」

「そ、そこで、佐久間さんと、てめえの大事なオンナが待ってるよ」

「オイ、雑魚、ふかしてんじゃねえぞ、こんなくだらねえヨタに乗せられるとでも思ってんのか」

「ふかしか、そうじゃないかは、行けば判るぜ、どのみち、お、お前は、行かなきゃなんねえさ、俺の話がもし本当だったら」

ヒヒヒ、と、少年は下卑た笑い声を上げる。

「大変な事になっちまうもんなあ、その、オンナ」

蓬莱寺が再び舌打ちを漏らした。

「確かに伝えたぜ、じゃあな!」

少年は、即座に踵を返すと、逃げるように走り去っていく。

暫く睨み付けてから、蓬莱寺が振り返った。

「御剣」

光は手を伸ばして、蓬莱寺からメモを取る。

「どうすんだ」

中を見ると、地図と、建物名が書かれていた。

「場所がわからないな」

まあ、そうだろうと納得しつつ、蓬莱寺はなぜか気が抜けてしまう。

「蓬莱寺、案内してもらえないかな」

「って、お前、行くのかよ」

「行かないわけには、いかないだろう」

確かにその通りだ。

これが嘘である可能性は限りなく高いけれど、事実でないと否定しきれない以上、無視はできない。

しかし、乗り込めば間違いなく、乱闘になるだろう。

(まあ)

蓬莱寺はちらりと光を見た。

少女のように綺麗なこの男は、実はかなりの手練らしい。

昨日、動きを目で追うのがやっとだった。

あれだけの攻撃を呼吸一つ乱さずに行った、光の評価は蓬莱寺の中で確実に変化していた。

(やれるかも、しれねえな)

それこそ杞憂かもしれない。

わかったと蓬莱寺は頷き返す。

「仕方ない、付き合ってやるよ」

「建物の前まで案内してくれれば、帰ってくれて構わない」

「バーカ、何言ってんだ、俺はまだお前に格好いい所見せてねえじゃねえか」

頭を小突いて、こちらを見詰める金茶の瞳に、何故だか顔が熱くなる。

俺、何言ってるんだろう。

(こいつと出会って以来、調子崩されっぱなしじゃねえか)

光はもう一度メモを見てから、蓬莱寺に返した。

「行こう」

「お、おう」

蓬莱寺は重箱と鞄を持ち直すと、紫の包みを肩に担いで走り出した。

続いて、光も駆け出していった。

 

(続きへ)