鳥の鳴く声で目が覚めて、差し込む光にもう朝なのだと気付く。

全身異様に気だるくて、美味く力が入らない。

「う・・・ん?」

光は身をよじろうとして、蘇った下肢の痛みに顔をしかめた。

(あれ、俺なんで)

浮かびかけた疑問は一瞬で消え去った。

傍らで寄り添うようにして眠る壬生の姿に、全て思い出す。

「くれ・・・は」

鼓動が一気に跳ね上がる。

気付かれないよう、起こさないようにと、細心の注意を払って布団を抜け出そうとした光を、蔓の様に伸びてきた両腕がすぐさま押さえつける。

「どこに行くつもり?」

「あ、く、紅葉、くれはっ」

「逃がさないよ、光」

「俺、俺・・・」

喘ぐ光を腕の中に捕らえて、抱きしめながら壬生は囁いた。

「光、行かないで」

「く、くれは、くれはぁッ・・・」

「行かないで」

「う・・・あ・・・」

「お願いだから」

微かに伝わる震えに、光はゆっくり理性を取り戻していく。

そして改めて、壬生が震えていることに気が付いた。

繰り返される懇願の声はまるで祈りのようだ。

背中にそっと腕を回して、表面を撫でてやりながら、光は小さな声で「どうして?」と問いかけた。

「光」

顔を上げると、眼と目が合う。

壬生の指先が目尻に滲んでいた涙をそっと拭ってくれた。

「昨日はごめん、これ以上はもう耐えられなかったんだ」

「どうして」

「君と離れたくない、だから、君と繋がってしまいたかった」

「どうして?」

「光がいなくなったら、僕は耐えられないからだよ」

「どう」

言いかけた唇にそっと触れて、金に輝く光の瞳を覗き込みながら、壬生が答える。

「君を好きだから・・・友達とか、兄弟弟子とか、そんな理由じゃなくて、君を好きになったから」

「え」

呆然と壬生を見上げる光には、その想いがまだよく理解できない。

けれど、人の抱くどの想いよりも、ずっと強い感情であることだけは理解できた。

そうでなければ昨夜の行為や、今の様子に説明がつけられない。

これほどの感情を露にして叩き付ける様に交流を求められた経験はいまだなくて、戸惑っているけれど、負の感情は殆ど沸いてこなかった。

むしろ、滲み出すように溢れてくる暖かな何かで、胡乱な内側が満たされていくのを感じている。

「そう、なの?」

「うん」

光はすっかり困惑していた。

恐ろしく、辛く、苦しく、けれど何よりも熱を帯びて、光の奥深くを貫いた昨夜の行為。

壬生に触れられた場所から作り変えられていくようで、冷たい手の感触が心地良かった。

穿たれるたび、涙が零れて、けれどそれは決して悲哀の意図で流されたものではない。

苦しくて、切なくて、たまらなく・・・愛しかった。

(愛しい?)

それは、どのようなものなのだろう。

壬生に対してのみ芽生えた、この甘く切ない胸の疼き。

「―――よく、わからないよ」

そっと胸に額を寄せると、壬生は黙って髪を撫でてくれた。

「わからないよ、俺、よくわからない」

駄々をこねるように繰り返す。

わからない、わからない、友達ってなんだ、好きってどういうことなんだ。

「そんなこと教えてくれる人いなかった・・・俺、同い年の友達も、紅葉が初めてなんだ、だから、わからないよ」

「光」

「紅葉の事は好きだけど、それがどういう好きなのかなんて考えたこと無かった、昨日だって、怖かったけど、凄く驚いたけど、でも」

「・・・嫌じゃなかった?」

ハッとして見上げると、壬生がそっと唇を寄せてきた。

光はぎゅっと目をつぶる、だけど。

そのキスは、軽く表面に触れるだけの、優しいものだった。

恐る恐る見開いた瞳の間近に見えた漆黒の目の奥をじっと覗きこみ、僅かに喉を鳴らす。

策や垣間見た炎の様な感情は微塵も伺えない、それどころか、穏やかで包み込むような気配がじっと光を窺い、心を量ろうとしているように感じる。

「君が、好きだよ、愛している、光」

「俺は・・・」

「僕への想いが決められないのなら、今はまだ、それでも構わない」

「紅葉」

壬生はそっと微笑んだ。

「でも、昨日の事は謝らないからね」

「え、でも、さっき」

「あれは、無茶をしたことに対しての謝罪だ」

額に口付ける。

「君にした事自体は謝らないよ、僕は君を愛している、光、心から愛しているんだ」

「あ、アイ」

「そうだよ、愛さ、光」

光は顔面が激しく発熱するのを感じていた。

耳まで赤く染まった姿を懸命に隠そうとする仕草が可愛らしくて、壬生は思わず声を立てて笑う。

「俺は、愛、なんて、まだよくわからない」

「うん」

「でも、紅葉のことは好きだよ、俺も」

その言葉は案外胸にしっくりと収まって、俄かに確信へと変わっていくようだった。

俺も、紅葉が好き。

愛しているという言葉の意味はまだよく分からないけれど、それでもこの胸に沸き立つ感情は、同じ名を持っているのかもしれない。

「紅葉」

「何?」

優しい声に擦り寄って、吸い込んだ空気に壬生の匂いが混ざる。

目を閉じて、トントンと背中を叩かれながら、暫くそのままでいた。

障子越しに聞こえてくる小鳥達のさえずりが、朝の訪れを告げている。

「光、そろそろ起きて仕度をしないと、朝食に間に合わないよ」

「うん」

起き上がった直後に顔を顰めた光に「大丈夫?」と声をかけて、腰の辺りを擦ろうとする壬生の手を慌てて制止した。

「だ、大丈夫だから!心配要らないよっ」

「他は?」

表情が曇る。

頸を打ち込んだ胸の辺りを気遣うように伺う瞳が、僅かに眇められた。

「もう平気だよ」

微笑み返して、光はトンと胸を叩いてみせる。

「あれくらいじゃ一晩寝れば治るよ、紅葉、ちゃんと加減してくれただろう?」

「けど、やっぱりひどい事をしたね、ゴメン」

「いいよ、もう」

苦笑いと共に、光はお腹が空いたねと壬生に告げた。

「そうだね」

乱れた寝間を手早く片付け、衣服を慌しく整えて、二人は多少気恥ずかしい想いと共に頬を染めながら身支度を急いだ。

 

 その後、鳴瀧が戻るまでの一週間、壬生は毎晩光を求めた。

初めこそ多少の抵抗もあったけれど、いずれ心は解けて、望まれるまま何度も光は身体を委ねた。

この胸は既に壬生への想いで溢れている。

穿たれるたび、注がれるたび、唇を合わせるほどに気持ちは深まり、やがて光は・・・自分の中に確かに生まれた愛という感情を、強く自覚し始めていた。

 

(続きへ)