屋敷から車で駅まで見送られて、二人は無人のホームで次の電車を待っていた。

「朋恵ちゃん、せっかく新宿まで送るって言ってくれたんだぜ」

「いや、いいんだよ」

本当は家まで送ると言った朋恵の申し出を断って、光が自分で帰るからと言い張ったのだった。

蓬莱寺は僅かに不満げな表情をしていた。

「なあ、何で家の車で帰んのが嫌なんだよ」

彼の本音はたぶん面倒だとか、電車賃がかかるとか、そういったところだろう。

光は困ったように微笑んで、少しだけ視線を伏せる。

「屋敷の外でくらい」

「うん?」

「屋敷の外でくらい、一人でいたいんだよ」

蓬莱寺はそれきりその話を一切しなかった。

ほかに、たわいも無い話を、取りとめも無く話して聞かせる。その好意に甘えて光もおとなしく相槌を打ったり笑ったりしていた。そのうち電車が来て、来た時と同じように路線を辿り、夕方頃には新宿駅につく事が出来た。

「久し振りだなあ」

溢れる人ごみに立ち止まりそうになる光の体を、さりげなく促して蓬莱寺が庇う。

「ぼけっとしてるとすっ転ぶぞ」

「そんなに鈍くないつもりだけど」

「どうだかなあ、あんな田舎に住んでたんだ、怪しいもんだぜ」

「何だと」

振り返ってちょっと睨む表情がたまらなく魅力的で、蓬莱寺は苦笑した。気付けば、周りの人間もちらちらと光を振り返っている。やっぱりこいつってどこにいても目立っちまうんだなあと、改めて感心していた。当の本人は周囲の様子に全く気付いていないようだけれども。

蓬莱寺は光の背中をポンポンと叩く。

「何?」

「お前、やっぱちょっと鈍いぜ、ボンボンだからか?」

「何を根拠に」

「色々だ、気付かねえお前が悪い」

ムッとする光はようやく調子を取り戻してきたようだった。

実家に戻っていた頃は、常にピリピリした気配を漂わせていたのに。

(ひょっとして、こいつ、あそこが嫌いなんじゃねえのかなあ)

本人すら気づかないうちに、苦手意識が生まれているのかもしれない。なにやら色々と重たい事情があるようだから。光は、本当は逃げ出したいのかもしれないと思う。

でも、それが何故なのか分からなくて、結局蓬莱寺はそれ以上考えるのをやめにした。

どちらにせよ今はしなければならない事がある。

そっちをよく考えるべきだ。如月翡翠とは、一体どんな人間だ?

(と、いうより)

かねてからの疑問に、蓬莱寺は少し首をひねる。

(名前だけじゃ男か女かわかんねえよな・・・まあ、それを言ったら光もそうなんだが)

そう考えた瞬間、ぽんと浮かんだ考えに思わず口元がにやけた。

「そーだ!」

いきなり大声を出されて、光が怪訝な視線を向ける。

「何?」

振り返った蓬莱寺はニンマリとした笑みを浮かべていた。光が眉を寄せる。

「なんだ、気持ち悪い」

「べっつに何でもないぜ、姫」

「姫?」

首を傾げた光に、蓬莱寺は大きく頷いた。

「そ、そ、俺って時々すげえひらめくよなあ」

「姫って、誰」

人差し指がまっすぐに光を指差した。

途端あからさまに嫌そうな顔をした彼とは対照的に、蓬莱寺は実に満足そうな笑顔を見せる。

「なんで俺が姫なんだよ」

当然の質問だった。浮かれ気味の彼はしれっと答える。

「え、意味なんてねーよ、あだ名なんてそんなもんだろ」

「あだ名」

「そうだぜ、かなりいい線いってると思うんだけど、お前らしいっつうかさあ」

インパクトだけで決めたにしては随分裏のありそうなあだ名だと思った。光は小さく嘆息する。

何だか肩の力が抜けてしまって、これから御剣の宝物を受け取りにいくというのに、いきなり緊張感がなくなってしまった。忍びの末裔の如月とか言う人物も一応警戒しなければならないのに。

「よし、それじゃ決まりな」

「は?」

「お前は今日から姫だ、嫌だとか言っても聞かねえ、覚悟しろ」

何をどう覚悟すればいいのかと思って、光は更に深く溜息を吐いた。

そんな事をはしゃいでいわれても困ってしまう。困り顔でしばらく見つめていたが、呼び名など別にどうでもいいかと結論がでたので不承不承に頷いた。

「おっし!」

蓬莱寺が嬉しそうに笑う。

「そんじゃ、姫」

「・・・はい」

「荷物持とうか?」

「いらないよ」

「じゃあ姫、夕飯一緒に食ってこうぜ」

「いいけど」

「姫、家までちゃんと送ってやっからな」

「ありがとう」

「それと姫」

光は蓬莱寺をにらみつけた。

「お前・・・わざと呼んでないか?」

「ヘヘヘ、バレた?」

この、とつかみかかろうとした時、近くから可愛らしい笑い声が聞こえた。

周りにこれだけ人がいたというのに、すっかり忘れてはしゃいでいた自分を恥じて赤くなった光の背後から、鈴を振るような声が近づく。

「元気になったみたいですね」

「え?」

振り返ると、そこには栗色の髪の少女が微笑みながら立っていた。

 

(続きへ)