朋恵から預かった住所を頼りに、光達は目的地目指して歩いていた。
光は、こちらの地名や住所には全く疎かったが、幸いにして蓬莱寺も比良坂も新宿の地理に非常に詳しかったので、大して難儀せずにたどり着く事が出来た。
「ここか」
いかにもといった店構えの、古い日本家屋が建っている。
入り口は四枚のすりガラス入りの引き戸で、そのうち端の二枚の裏には黒っぽい布がひいてある。正面の二枚の向こう側は、薄暗い気配がぼんやりと覗いていた。黒ずんだ金具の取手に手をかけて、横に押すと見かけの割には抵抗無く戸口が開かれた。
「ごめんください」
室内は思ったとおり暗かった。こんな時間帯であるのに、まだ電気もつけていない。所狭しと並べられた壺やら木箱やらの合間に妙な置物や小物などが雑多に積まれて置いてあった。
「うえ、なんか辛気臭ぇ店だなあ」
埃っぽい店内を見回して、京一が愚痴った。
確かに実家の蔵の中のようだと思って光も笑う。ふと、気配がして振り返ると、番台の奥に続く家の中から誰かが歩いてくるようだった。
光は無意識に比良坂を背後に庇うようにして立っていた。
気付いた蓬莱寺がその隣に立つ。比良坂の指が、少しだけ光の背中のシャツをつまんだ。
「そう警戒しなくてもいい」
店の雰囲気にそぐわない、若々しい声が響く。
「少なくとも、僕は敵じゃないから」
薄闇の中から出てきたのは、同じ年頃の男だった。近くの壁を探るような手をして、パチンと音がした後で辺りが急に明るくなる。
「すまないね、鑑定に夢中になっていて、こんな時刻であることに気づかなかった」
照明に照らされた姿は、すらっとした細身の体をしていた。適度に鍛えられた、ばねのありそうな肢体と、涼やかな面立ち。さらさらした髪を中央で両サイドに分けていて、光はふと昔鳴瀧の道場にいた彼の弟子の事を思い出していた。
「お前が」
言いかけた蓬莱寺を見て、男が笑う。
「君が朋恵さんの言っていた守人予備軍か、なるほど、精悍な顔つきをしている」
「何だと、もり・・・」
光は男を見据えた。朋恵は、蓬莱寺にそんな事を期待しているのか。俺の守人になど。
「不服そうだね、君は」
言われて顔をしかめると、男はまた笑う。
「まあ、色々あったみたいだからね、そう思うのも仕方ないかもしれないけれど」
「貴方が」
番台の下に合った草履を足に引っ掛けて、降りてきた男が光の前までやってくる。身長は自分と比べて少し低いようだった。柔和な雰囲気とは別に、どこか厳しい印象が漂う。改めて礼をしてから男は名乗った。
「始めましてというべきだろうな、御剣家裏当主殿、僕は如月翡翠という、以後お見知りおきを」
呼び名を聞いて光は僅かに表情を厳しくした。
低い、小さい声で問いかける。
「どうしてそんなことまで知っている」
「朋恵さんに聞かなかったのか?如月家は御剣家と古く付き合いがある、もっとも、それは江戸末期のことだから、君の一族にとっては比較的新しい知り合いということになるのだろうけど」
光は黙り込んでしまった。そのような関係であれば、こちらの事情も少しは知っているのだろう。光自身に関することなども含めて。
話に入り込めない蓬莱寺と比良坂が、二人の様子を交互に伺っているようだった。
光はちらりと比良坂を見て、それから蓬莱寺に目で合図を送った。
「比良坂さん」
振り返って、なるべく穏やかな口調に気をつける。
「俺と京一は少しこの人と話しがあるんだ、内々の話だから、ここで待っていて欲しいのだけど」
比良坂は如月を見て、それから蓬莱寺を窺った。蓬莱寺は慌てて崩した笑顔を浮かべる。
「わりいな紗代ちゃん、あんま時間かけねえから」
「ごめん、なるべく急ぐよ」
もう一度光を振り返ると、比良坂は微笑んでハイと頷いた。
それで、光もニコリと微笑んでから、改めて如月を振り返る。
「朋恵から話が来ているはずです、案内を頼めますか」
「ああ、無論だ、僕も君たちを待っていた」
如月は頷くと、二人を促して家の中へと入っていった。上がりかまちの前で靴を脱ぐと、光はもう一度だけ比良坂のほうを見た。
可愛らしい笑顔を浮かべて、彼女はコクンと頷いて見せた。
光もちょっと笑うと、今度こそ振り返って如月の後を追い、蓬莱寺と共に屋敷の中へと入っていった。