午前の授業が終わって、昼休み、いつもどおり屋上を目指す。

飲み物を買いに行っていた蓬莱寺は、ドアを開けてヘリのフェンス脇で重箱を開いている光のそばへいく。

転校当初にした約束はいまだに顕在のようで、光は出来る限り蓬莱寺と自分の分の弁当を作ってくれていた。色々あって変わってしまったことも多かったけれど、これだけは変わらなくて一日のうちの密かな楽しみとなっていた。

「お、今日はしょうが焼きが入ってんのか」

俺好きなんだよねーといいながら腰を下ろすと、光が笑った。

「京一は肉なら何でも好きなくせに」

「しかたねえだろ、育ち盛りなんだから」

「食べ盛りとも言うよな、きっと」

穏やかな気配に目を細くして、瞳にかかっていた前髪を何気無しに伸ばした手で払いのけた。

途端、自分自身酷く動揺したが、光もちょっと目を丸くした後で、ニコリと笑って「ありがとう」と礼を述べた。

蓬莱寺はなんだかよくわからない妙な気分だった。

取り分けた小皿を受け取りつつ、それでも変に気を動揺させたままで食事をしても仕方ないと考えて、今は美味そうな皿の上の品々に集中する事を決める。

光の分の缶のお茶を手渡すと、代わりに箸を受け取っておかずに手を付けた。

うららかな初夏の陽気と晴れ渡った空がどこまでも続いている。

目に映る蒼も、目の前の光も、何もかもが穏やかであるはずなのに、どこか影が射すような印象を受ける。

それは思い過ごしじゃないだろう。

食事を取りながら、ちらちら顔を窺っていると不思議そうな視線を返された。

蓬莱寺は苦笑する。

「いや、悪い、飯食ってる人間の顔見んのはやっぱちょっと失礼だよなあ」

「別にいいけど、なにか用があるんじゃないの?」

「いや」

一瞬だけためらって、蓬莱寺は首を振った。

「別に何も、俺の分まで飯作ってくれるなんて、有難いなあと考えてただけ」

「なんだよそれ、お前が食べたいって言ったくせに」

そうだったなと笑って、それを律儀に叶えてくれる光が愛しい。

途端、思考の中にビリリと電流が走るようだった。

愛しい?

誰が?

「・・・京一?」

また顔を覗いてくる光に、固まっていた蓬莱寺は慌てて瞬きを繰り返した。

俺は今、なにを考えていた?

「あ、わ、悪い、そうだったかなーって、ちょっと思い出してた」

「まだ三ヶ月くらいしかたってないぞ、忘れすぎ」

笑われて、そうだったなと頭を掻く。

そうだった、まだ出会ってから三ヶ月しかたっていない。それなのにこんなにも多くの出来事が起こって、今光の心の闇は着実に広がりつつある。

そして、それを思う俺自身も変わりつつある。

とんでもなく長いことのようであったのに、恐ろしく濃縮された日々が過ぎているのだと改めて実感していた。

「お前はもっと小魚を食べた方がいいよ」

からかい半分で皿の上に乗せられたままかりを見て、蓬莱寺は苦笑した。

「なんだよ、それ」

「魚に含まれるDHAが京一を賢くしてくれると思う、多分」

「なんだとっ」

身を乗り出すとますます笑われて、からかわれた事は少し悔しかったけれどなぜだか嬉しかった。

ままかりを一口に頬張って、皿と箸を一緒に持つと空いた手で光にデコピンを食らわせ、一緒になって笑う。それだけでこんなにも世界は明るい。

「当分魚料理中心の昼飯にしてやるよ」

「あんまりからかってんじゃねえぞ」

「俺は、京一を心配してるんだよ」

それは俺の方だと胸の中で呟いて、蓬莱寺は困ったように笑う。

日々はこれほどつつがないのに、彼の手足には今だに暗い色の鎖ががんじがらめに結びついている。

それは目に見えなくても、確実に光を縛り、心と体を蝕んでいる。

考えるほどに切なくて、もう一つつまんでほおり込んだままかりは舌にどこか苦かった。

「なあ」

ふと思いついたままに、蓬莱寺は口に出していた。

「今日・・・はちょっと、俺の都合が悪いけどさ」

言いかけて、脳裏をよぎった剣道部副部長の怒り顔に少しだけ眉を寄せる。

「明日の放課後、駅前辺りぶらつかねえか?」

帰宅途中の道草は禁止されていたけれど、小中学生じゃあるまいし、構わないだろう。

何より転校してきてこちら、光とちゃんと遊びに行った事がない。

最近は天気もいいし、丁度いいだろうと思ったのだった。気分転換にもなるかもしれない。

光は少し考えてから、ニコリと笑って「いいよ」と頷いた。

「実はちょっと興味があったんだ、俺、あんまり外のこと知らないから」

言われて思い出した。光はこの年になるまで自宅から出されずに育ったのだと。

「なら、決まりだな」

蓬莱寺は俄然やる気になっていた。

それならば、尚更だ。外の世界にある面白いものたくさん、お前に全部見せてやる。

「一応断っとくけど、ナンパはしないからな」

釘を刺されて苦笑を洩らす。転校三日目に言った事を覚えていたのか。

「バカ、そんなことしねえよ、本当にぶらつくだけだ」

ならよしと言って笑う光が眩しいようで、少し目を細くして見つめた。

やっぱり俺は、どこか変だ。

でも胸のもやもやを見つめなおす前に、光に箸を進めるように促されてしまったので結局そこまでで思考は途切れてしまった。

抜けるような青空の中、薄く切れ切れに伸びる雲の合間から差し込む陽光に、孕んだ熱を冷ますような一群の風が吹きぬけていった。

 

(続きへ)