そして翌日、昨日と同じように屋上で昼食を取りつつ、空を見上げて蓬莱寺は呟いていた。

「なーんか、タイミング悪いっつうか、嫌な感じだよなあ」

頭上に広がるのは鈍色の空。

昨日あんなに晴れていたというのに、急に不機嫌になった天空は雲に覆われていた。

落ちてきそうなほど低い灰鼠の天蓋をちょっとだけ恨めしい気分で睨んでいると、光が僅かに苦笑する。

「まあ、天気だけは伺いようがないし」

「何も遊びに行くって言う日に、曇ることもねえだろ」

「降らないといいな、雨」

蓬莱寺もつくづくそう思った。

雨なんて降らないといい。町の散策はいつでもできるけれど、いつでも光と一緒に出かけられるわけじゃない。今日を逃したら、明日は無いかもしれない。

(俺は、なに弱気な事考えてんだよっ)

思って慌てて少し首を振った。そんなことはない、絶対にさせない、光は俺が守る。

「京一?」

一連の動作や表情を見て、光が不審気に声をかけてきた。

蓬莱寺はまた曖昧に笑ってごまかすしかなかった。

「と、ともかくだ、今日は行くからな、雨でも何でも、行くったら行く、ぜってえ行く」

「はいはい」

皿に載せられた玉子焼きにかぶりついて、もう一度だけ念を入れるように光を見ると笑われた。

「俺も、楽しみにしているから」

うん、と頷かれると少し嬉しいようだった。

とりあえず光をどこに連れて行こうか。残りの時間はそのことで盛り上がって、気付けば予鈴が鳴っていた。

「んじゃあ、続きは放課後な」

「わかった」

ひとまず切り上げて、二人は教室へと戻っていった。

 

 放課後も幸い天気は崩れずにいてくれた。

昇降口から出た二人はホッとして、顔を見合わせると互いの心中を察して少しだけ笑いあった。

「よし、今日は男同士、親睦を深めるぞ」

言うと笑われて、それから一緒に歩き出す。

まずは新宿駅付近の繁華街、適当な店で妙な雑貨とか、CDや雑誌なんかを漁って、服はあまり興味もなかったけれど光に似合いそうなのを探すのも悪くないなと思っていた。

(そういや、こいつの私服って見たことねえなぁ)

毎日学校で会うばかりで、聞けば光は自宅に帰るとほとんど外出しないそうだから、屋外で偶然ばったり、なんて事も一度もない。

これを機会に好みのひとつでも探ってみようかと、そんな事を考えてみたりもした。

「京一」

「うん?」

「今日は、どこに行くんだ」

「まずは駅に行こうぜ、適当にあっちこっち見て、それから飯でも食って」

「飯って、ラーメン?」

おう、当たり前だろうと答えると、光は苦笑していた。

「お前って本当にラーメン好きだよなあ」

「三食でもいけるぜ」

「体に悪い、ちゃんとご飯を食べなさい」

光が作ってくれるなら・・・と言いかけて、僅かに赤面する。三食作ってもらったら、まるで夫婦みたいじゃないか。

(お、俺は何考えてんだよ、夫婦じゃなくても、親子とか、召使とか、色々あんだろうが!)

考えながら知らぬ間にくるくると変化する表情を、気付いていない素振りを装って光は横目で窺っていた。

蓬莱寺はいつもそうだ。考えている事がすぐ顔に出る。

なにを考えているのか具体的なことまではわからなくても、感情の変化は一目瞭然だった。

「京一」

背中をぽんと叩かれて、ビクリとすると光が笑った。

「今日の数学だけど」

「お、おう」

「先生がさ・・・」

話題の転換は意図的な気もしたけれど、蓬莱寺は素直に流れに従った。

取り留めのない話をしながらのんびり歩く。

久しくなかった、普通の学生のような時間。

それがどれだけ大切なものであるのか、よくわかっていたから蓬莱寺も余計な事はこれ以上考えるまいと腹を決めた。

今、この時を最大限に楽しい思い出に。

ささやかで大切な願いを叶えるには、余計な勘ぐりなど必要ない。

「姫、駅ん中に面白い店があんだよ、とりあえずさ、そこ見にいかねえか」

「今日は京一に任せるよ、よろしくお願いします」

「おう、ンじゃついて来い」

笑いながら歩くと足取りも自然と弾んでしまう。

駅に近づくに連れて、楽しい気分ばかりが膨れ上がってくるようで、いつのまにか関心の対象はもっぱらそればかりに切り替わっていた。

 

 あちこち見て、そろそろ二時間ほど立った頃、光がそういえばと呟いた。

「俺さ、如月の店にも行きたかったんだ」

「ええ、如月ぃ?」

あからさまに不満げな声を笑って受け流す。

せっかく二人だけで楽しく過ごしていたというのに、無粋な第三者の参加なんて望んでない。

そう思ったのに、光は武具が見たいと言ってきた。

「結局黄龍甲も受け取らずじまいで曖昧になってるし、一度ちゃんと顔見せなきゃって思ってたんだ」

黄龍甲に関して、実際光の本音はそれだけではなかった。

アレに触れたとき、また以前のような兆候が起こるのが怖い。

そのことが頭にあったせいで、わざと避けていた節もある。

けれど、こんな状況下でいつまでも如月に預けっぱなしというのも悪いだろう。

そこまで考えて、この間の事を思い出していた。

六門封神の二門目を施された夜、如月に助けられて、彼の家に一晩厄介になったこと。

あのとき彼は封印があったのかどうかだけ尋ねて、それ以上詳しい事を聞かずにいてくれたけれど、その礼もまだ言っていない。

再び周囲に迷惑をかけてしまったこと。そしてそれは自分が不甲斐ないせいなのだと思うと、胸の奥がずしりと重くなる。

急に暗い表情になった光を、蓬莱寺が覗き込んできた。

「どうした?」

「いや、何でもない」

「怖いのか?」

問われて思わず見詰め返す。

この間の光の様子が、蓬莱寺には何となく恐れのような気がしていた。

うかがい知る事なんて到底出来ないような、彼の心の奥底から湧き出してくるとてつもない恐怖。

それは、彼自身の根底にあるものにつながっている。何となくそんな気がした。

光はややして、苦笑いを浮かべる。

「そんなんじゃないよ」

答えても、否定するような口調ではなかった。

だからそれ以上何も言えなくて、そんな様子を察してか蓬莱寺も何も聞かないでいてくれた。

少しだけ伸びをして、蓬莱寺はまた少しだけつまらなそうな口調で頭の後ろで腕を組む。

「しゃーねえ、んじゃ、行くか」

ぶらぶら歩き出すので、光は小さくありがとうと伝えた。蓬莱寺は別にと返しただけだった。

街はそろそろオレンジから群青へと変わりつつある。

街灯が増えて、行きかう人々はどこか心くつろいだ様子で気安げだ。

その脇をすり抜けて歩く二人の表情は僅かに硬い。

さっきまで楽しかったのにと名残惜しい気分が蓬莱寺の胸の中に浮かんでいた。

(まあ、今日限りのことって訳でもないしな)

そう自分に言い聞かせて、今の思いを振り払う。

二人は、如月骨董品店への道を辿っていった。

 

(続きへ)