蓬莱寺が目覚めた時、部屋はほんのり青ざめていた。

夜明けの光だ、と、目が慣れてくる間に思う。

障子をすかして差し込んでくるのは翌日の陽光だった。

気配がするので振り返ると、隣に布団が一組敷いてある。

そこで、光が寝ていた。

姿を認めた瞬間、不覚にもビクリと体が震えてしまった。

そっと様子を伺うと、ついさっき眠りについたような彼は深く休んでいて目覚める気配すらない。

枕元には水の入った桶と濡れたタオル、側にも一つ落ちていた。

どう考えても寝ずの看護をしてくれていたとしか思えない。

タオルを手に取って、桶の縁に乗せてから蓬莱寺は光をもう一度振り返る。

綺麗な寝顔だと思った。黒い髪がしっとりと濡れたように輝いて、長いまつげにも光が落ちている。

肌は、どこまでもすべやかだった。

触れてみたいという衝動に駆られて、そっと手を伸ばして頬に指先を乗せる。

そのまま輪郭を伝うようにして髪に触れて、たまらず蓬莱寺は持てる限りの自制心を総動員させてその手を引き剥がしていた。

このままでは、きっと俺はなにかしてしまうだろう。

病み上がりの体は動くたびにどこか疼くようだったが、そんなこと関係ない。

目の前には無防備に眠る光がいる。

千載一遇のチャンスだ、と、囁く声が聞こえたような気がした。

(バカやろ、んなことできるかよ・・・)

力を込めて拳を握ると、連結した先にある肺に僅かに痛みがさす。

「そんなこと、できるか」

もう一度、自分自身に言い聞かせるように蓬莱寺は独白していた。

あんな事があったとはいえ、とりあえず俺は何も言っていない。

光はまだ友達と思ってくれているはずだ。その関係を、今だけは、何があっても壊したくなかった。

ガードがしづらくなる、これまでのようにはいかなくなる、色々思うところもあるが、なによりこんな状況で自分がいくらあがいても光から返される言葉の内容は見当がつく。

最後通知をされる事が怖くて、友人の立場に甘んじようとしていることは重々承知していた。

そんな関係にすがりつくほどに、今の俺には何もない。

光の事を何も知らない。

残酷な現実だった。知ってしまった今となっては、目をそむけることなど出来はしないが。

薄闇の中で、影が茶色の髪をかきあげながら自嘲的に笑った。

「最悪、だよな」

声はとても小さくて、隣で眠る光が目覚めることはなかった。

 

 一夜明けると蓬莱寺は大分気力を取り戻していた。

もっとも、満身創痍だった彼の体は一日一朝のうちに回復するはずもなく、シャツの合間から覗く包帯が痛ましい。

光が顔をしかめていると、蓬莱寺はいつもの調子で顔を覗きこんできた。

「おい姫、なんで怪我してる俺よりお前の方が暗いんだよ」

「それは・・・」

「いっとくけどなあ、戦ったのも、怪我したのも、全部俺の意思だ、お前にどうこう思われる筋合いなんてねえぞ」

「けど」

「けどもでももねえ」

ふんぞり返る蓬莱寺を、相変わらず不安げな瞳が見詰めている。

「俺は真剣にあいつとやりあった、その結果できた傷なら、これは俺の修行不足のせいだ、姫には関係ない、大体怪我人の側で辛気臭い顔なんかされたらたまんねえぜ、治るモンも治らねえ」

「ゴメン」

「いいって、しかし、何だよなあ」

「何?」

「いや」

蓬莱寺は不意に笑っていた。

「今の俺とお前って、ちょっと前には逆の立場だったよなーと思ってさ」

少し思い出すような素振りを見せた後で、光がああ、と呟いた。

あちこちに巻かれた包帯を確認するように見回して、ようやく僅かな笑みが浮かぶ。

「本当だ」

光が笑ってくれた。ただそれだけでこんなにも嬉しくなる自分を知っている。

そして同時に辛かった。

蓬莱寺はわざと明るくおどけて見せた。

「あん時の貸し、返せよ?今度はお前に世話やいてもらうかんな」

「京一そんなに俺に親切にしてくれたっけ」

「なんだとこの!」

道化を演じるのが精一杯。

そうでもしていなければ、想いがあふれ出して彼に伝わってしまう。

光は無邪気に笑っているようだけれども、笑顔はどこか儚げだった。

まるでかりそめのような陽の光が障子越しに差し込んでいた。

 

(続きへ)