その日、一日様子を見ろと気を回してくれた如月を断って、蓬莱寺は自宅へ帰っていった。

家まで付き添うといって聞かない光に、むしろお前の方が心配だと言って聞かせる。

如月もそれには同意見だったようで、光は如月に送られて家に帰ることになった。

「頼むぞ」

「ああ、後は任せておけ」

それきり踵を返して、蓬莱寺は振り返ることなく夕日の道を新宿駅まで歩いた。

光に余計な心配をさせないために、努めて普通に、何でもない様子を装って。

今は何をおいても彼の身の安全が最優先だ。店を出る前に如月にこっそり耳打ちされた。

六門封神が確実に光を蝕み始めている事。

途端あの男の姿が浮かんで、腹立たしくて体中が震えた。

これ以上好き勝手になどさせない。封印は絶対阻止してみせる。

如月の話では、光の自宅周辺に朋恵が幾重にも重ねがけした結界が張ってあるという。

御剣が派遣したガードもいると聞いた。

具体的な容姿等は教えてもらえなかったが、民間人を装って多く彼の周りで警護にあたっているらしい。

それなら自宅にいるのが一番安全だろう。

(明日は朝、あいつの家まで迎えに行ってやんねえとな)

今は一分一秒だって光から目を離せなかった。

奴がいつ来るか分からない以上、側にいることが唯一防御対策になる。

「こんな傷にやられてる場合じゃねえぞ」

両手で頬をパンと叩く。

排ガス交じりの夜風が身に染みるようだ。

壬生紅葉は本気で強かった。

状況が悪かったとはいえ、彼の実力は光にとても近い。

だからこそなのか、戦いの最中、蓬莱寺は確かに「楽しい」と感じていた。

壬生に対する嫉妬のような感情もあるが、それと同じくらい、いや、それ以上に強い人間相手に本気の剣を振るうのは快感だった。

こいつともっと戦いたい。

戦って、さらなる高みを目指したい。

勝どきを上げる姿を光に見せてやりたい。

(俺ってくだらねえ、そんなことしか考えらんねえのかよ)

武術家の性と恋心がせめぎあっている。

答を見極めるためにも、壬生ともう一度戦ってみたいと思っていた。

夕暮れ近い新宿駅付近はこんなにも人で溢れているのに、肝心の姿はその影すら見つけ出すことはかなわなかった。

 

 翌朝、ノックの後で開いたドアから覗いた光が目を丸くしている。

蓬莱寺は苦笑していた。

自宅の場所は知っていたけれど、実際来たのはこれが初めてだった。

まだパジャマを着たままの姿に、少しだけ口の端が緩んでしまう。

「なんて顔してんだ、お前」

「だって」

ともかく上がってくれと促されて、蓬莱寺は首を振った。

「いいから、それより支度しろよ、ガッコ行こうぜ」

光は困惑気に室内に戻り、数十分して再び出てくる。

急いだようで髪やシャツがまだよれよれだった。

「迎えなんていいのに」

「ダチの親切はありがたく受け取っとけよ」

怪訝層な顔をしていた光はすぐに事情を察した様子で、少しだけ表情を硬くした。

それでも次の瞬間には、いつもの彼に戻っている。

「親切というより、おせっかいだと思うぞ」

イタズラっぽく言われて、蓬莱寺は光を軽く小突いた。

「行こうぜ」

歩き出そうとして、ふと視線を感じる。

見渡すと近所の家の主婦がごみを出そうとしていた。蓬莱寺と眼が合うとにこやかにお辞儀を返された。それですぐぴんと来る。

彼女は、ガードの人間だ。

一瞬だけ瞳に混じった気配がそれを教えてくれた。それさえなかったら気付かなかっただろう、女性は完全に気配を消していた。

(他にもこんな奴らがいるのか)

御剣の剣とか呼ばれる、光を守る影の人々。

壬生ほどではないにしろ、これだけの事を難なくやってのけるのだから、実力は確かなようだった。

そこまで考えてふと思う。

どうして光はこんなにも厳重に守られているのだろう?

光は確かに強くて、不思議な力を持っていて、何より自分にとっては特別な存在だ。

けれど、御剣の家がここまで彼を厳重に守り、崇める意味がよく分からなかった。

高校進学まで自宅から出されずに育ったというけれど、それはどうしてなのだろう?

現代社会の義務教育は誰もが受ける国民の義務だ。それを放棄してまで閉じ込めておく理由はなんだ。

そして、壬生紅葉。

奴は光の元守人だと聞いた。

どうしてそんなものが必要なんだ。これだけ強くて戦えるのに、こんな状況でなければ、光は十分自分の身を自分で守りきれる。

朋恵は黙して多くを語ろうとしなかったが、暗に彼が何かしらの大きな定めを背負っているような事を匂わせていた。そして、如月の店で見た、あの時代錯誤も甚だしい神器。

門外漢の蓬莱寺でも判るくらい強力な力を秘めた武具だった。

それを用いる必要とは、一体どのようなものなのか。

少なくとも、ここ数ヶ月で目にした異形を倒す事だけが目的でないような気がしていた。

やはり、自分は光について何も知らない。

もし壬生紅葉が全ての答を持っているのならば、それを聞きだす事が光を守ることにつながるような気がしていた。

(やっぱりもう一回あいつとサシでやりあわねえと、何も分からねえし、何も変わらねえ)

そのためには光の側にいる必要がある。壬生の狙いは彼一人きりなのだから。

歩きながら何気なく窺った横顔は、いつもと同じに綺麗だった。

「何?」

「いや、何でもねえよ」

何気なさを装っても、まだどこかぎこちなくなってしまう。

気持ちの整理がついていないのは俺自身だ。

光がそれ以上口を開こうとしないので、珍しく蓬莱寺も無口だった。

照りつける夏の日差しに、朝だというのにもう汗が肌を伝っていた。

 

(続きへ)