それから数えて数週間。

蓬莱寺は毎朝、光を迎えに来ていた。

帰りも欠かさず一緒に下校している。

光は相変わらず桜ヶ丘病院に立ち寄っていて、蓬莱寺は出てくるまでいつも病院の外で待っていた。

聞けば、最近は妹からも毎晩電話がかかってくるのだと、話す口調はどこかうんざりした様子だった。

彼なりに周りの心配を汲んでいるからこそ、光は誰にも何も言わずにいた。

蓬莱寺に対してもそれは変わらなくて、気を使われている事実が僅かに寂しいと思う。

「いよいよ今日でガッコも終わり、明日から夏休みだよなあ」

登下校の道のりで、セミの声がジイジイうるさかった。

隣を歩く光はうんと頷いているけれど、休暇直前の浮ついた気配は微塵も感じられない。

「姫は休みの間予定とかあんのか?」

「実家に戻って来いって言われてる」

不機嫌な原因はそれかと蓬莱寺は察した。

「京一は?」

「聞くなよ、知ってんだろ」

「補習か」

力なく頭を垂れて、ああ俺なんて格好悪いんだろうとへこむ蓬莱寺を光が笑う。

二人で海に山にと思い出作りに精を出すつもりだったのに。

期末テストの結果は蓬莱寺に過酷な現実を知らしめていた。

「でも、お前って学校休まないだろう?授業も真面目に出てるし、なのになんでほとんど全滅なんだろうな」

「そりゃ、あれか?俺がバカだって言いたいのか?」

「そんなんじゃなくってさ、京一はやる気の問題だと思うけど」

どうしたらやる気が出るかな、と尋ねられて、とっさに思いついた内容のいやらしさに頬が熱くなる。

(お、俺のバカッ)

「京一?」

「ななな、なんでもねえよ、やる気なんてどうしたってでるわけないだろ?!

慌てて答えるので光はいぶかしんだようだった。

今考えたアイディアなど、本人の手前絶対に言う事なんて出来ない。

蓬莱寺は密かに心の奥底に封印した。

「そんなことより姫、今日は帰りに二人でパーッと遊びに行こうぜ」

「どこに?」

「どこでもいいよ、あ、でもラーメン屋は確定な」

「お前っていつもそうだよな」

苦笑されてへへへと笑い返いかえす。

日差しに透けて眩しい景色の向こう、美里の後姿を見つけた光がおーいと声を上げて呼んだ。

「・・・ここまで、か」

蓬莱寺の呟きは、光に聞こえなかったようだった。

せめて、登下校の間だけでも光を独占していたい。

振り返った美里に駆け寄る姿を、追いかける視線はどこか寂しげだった。

 

 放課後。

休み直前の今日は、昼前に終業式もHRも終わっていた。

担任のマリアがこの夏こそが受験生にとってもっとも大事な期間だと念を押していたけれど、蓬莱寺は午前日程のせいで食いはぐれた光の手作り弁当の事ばかり考えていた。

通知表が手渡されて、その内容に絶望して、更に追い討ちをかけるように発表された補習の日程に唸り声を上げて卓上に撃沈する。

夏の予定全滅はほぼ確定のようだった。

「ちきしょー・・・」

グッタリしている間に一学期の行程は全て完了して、いよいよ待ちに待った長期休暇が始まる。

マリアが教室を出て行ってしまえば、これから一ヵ月半、生徒たちを縛るものは何もなかった。

「姫っ、昼飯食いに行くぞ!」

へこんでいても仕方ないと、蓬莱寺はざわつく室内をかき分けて光の側へ駆け寄った。

帰り仕度をしていた彼は「いいよ」と答えて微笑むので、思わず視線をそらしてから俺はバカかと自分に突っ込みを入れる。

こんなことですら、ドキドキしてしまうようになった。

「あら、京一君、部活の方はいいの?」

「え?」

「今日から長期休暇だから、各部の部長は一学期の活動報告と二学期の指針について生徒会に提出する予定のはずだけど」

思いもよらぬ美里の一言に、ギクリと蓬莱寺は肩をすくめる。

「それと、部員たちへの挨拶も恒例でしょう?京一君は確か剣道部の・・・」

「姫!店で落ち合うぞ!場所は分かるな?」

慌てて走り出した蓬莱寺の目の前に、ぬっと人影が立ちはだかった。

「蓬莱寺!」

「げ、み、御厨?!

やっぱり出たかー!と騒ぐ蓬莱寺に構わず、剣道部の副部長は暴れる彼の首根っこを捕まえる。

「さて部長、いつもいつも幽霊部員なのだから、今日くらいはちゃんと働いてもらおうか」

「てめえ御厨、放しやがれ、俺はこれから用事がだなあ」

「うるさい、最後くらいきちっとしめんか、バカ者め」

どこから取り出したのか、麻縄を首にまわされて蓬莱寺がウワと悲鳴をあげた。

「てめー!俺は犬じゃねえぞ!」

「御剣、蓬莱寺は借りていくから」

御厨は全く意に介さずに、それだけ言うと縄を引いて教室から出て行った。

遠ざかる蓬莱寺の声が、光に待っていてくれと何度も念を押す。

嵐の去った後、残された光と美里はどちらともなく顔を見合わせて苦笑していた。

「じゃあ、私も、生徒会の仕事が残ってるから」

「美里もか、大変だなあ」

「そんなことないわ、やりがいのある仕事よ」

「その言葉、京一に聞かせてやりたいよ」

美里はウフフと微笑んで、光にいい夏休みをと告げた。

「また、二学期にね」

「ああ、またな」

見渡せば教室内はあらかた生徒も出て行った後だった。

話に興じる数人を振り返ってから、光はさて、と鞄の中身を整理する。

(京一の奴、待ってろって言ってたけれど、どれくらいかかるか分からないじゃないか)

それでも余計な心配をかけると悪いと思って、光は待つつもりだった。

保健室なら空調も聞いているし、保険医は話の分かる女医だから居残りさせてくれるだろう。

「仕方のない奴」

鞄を片腕に持つと、光は教室を後にした。

 

(続きへ)