夏の夜は、独特の雰囲気があると思う。
昔の人がこの闇の奥に妖怪の姿を見たというのもあながち理解できる感覚だ。
薄ぼんやりした堤燈の灯と、人工の照明が闇の中に幻想的な光景を浮かび上がらせる。
軒を並べる屋台の間を人波にまぎれながら、光は興味深そうに辺りをきょろきょろと見回していた。
「こういうの見るの初めてだ」
あちらの屋台は何なのか、こちらの屋台はどうだと聞いてくる姿はまるで幼い子供のようだ。
蓬莱寺たちは苦笑を交えつつ、その一つ一つに答えてやる。
「あれは?」
「あれはね、りんご飴よ、姫りんごっていう小さなりんごを櫛に刺して、その周りを飴で固めてあるの」
「へえ、食べにくそうだな」
「甘酸っぱくて美味しいのよ」
「こっちのイカは?」
「こりゃイカ焼きだよ、たれつけて焼いてあるんだ、夏場なんかにゃよく見かける食いモンだな」
「じゃあこれは?」
「それは数字合わせだよ、くじを引いて、同じ数字が出たら景品がもらえるんだ」
ふうんと頷きながら、光は楽しげに笑った。
「凄いな、こんなにいろんな店があるなんて、俺全然知らなかった」
三人は少しだけ視線を見交わして、笑う。
美里を誘ってりんご飴の屋台を覗き込んでいる後姿を見詰めながら、蓬莱寺は隣に立つ如月の脇を突付いた。
「おい、お前って結構気が利くよな」
「結構は余計だ」
さも当然といわんばかりの如月を見て、蓬莱寺も笑う。
「けど、今日は本当に来てよかった」
あんな光の姿を見るのは随分久し振りな気がする。
この頃はいつも沈んだ顔をしていて、笑ってもどこか翳りが窺えた。
明日になれば消えてしまいそうな、そんな不安すら覚えるほどだった。
四月に始めてであった頃は、もっと強い輝きに満ちていたはずなのに。
寂しそうな様子に、何もしてやれない自分が歯がゆくて悔しい。いつも隣にいるのは自分のはずなのに、彼の心の映る陰は別の人間のものだ。そしてそれは、今にも彼を食い殺そうとしている。
強くなりたいと、切実に思う。
何もしてやれないなら、せめてどんな状況に陥っても守ってやれるくらい、強く、強く。
「これ以上」
如月が振り返る。
「これ以上、なんもさせねえ、あんなやつの思い通りになってたまるか」
光の背中を守るのは、俺だ。
「・・・そうだな」
答える如月の口調は、どこか遠かった。
りんご飴を買った二人がこちらに戻ってくる。どちらも楽しげに笑いながら。
「ほら、味見してみろよ、美味いぞ」
差し出されて、蓬莱寺はガリッと硬い表面をかじる。如月もご相伴に預かった。
「な、美里の言ったとおりだろ」
「ああ、そうだな」
にっと笑うと光も嬉しそうにしていた。
残りをかじりながら、次はあのくじを引いてみようなどと言っている。
隣を歩く美里は、まるで子供をあやす母親のような表情をしていた。
彼女を連れてきて正解だったなと如月が小さく呟いていた。
「血が呼び合うのかもしれないな」
「は?」
「いや、こちらの話だ」
朋恵から聞いて、如月は彼女に宿る宿命を知っていた。
けれど、今はまだその話をすべき時ではない。
「京一、翡翠!」
見れば、屋台の前で光がコイコイと手を振っている。隣で美里が口元に手をあてて笑っていた。
「行こう、蓬莱寺君」
歩き出す如月につられて、蓬莱寺も二人の元に向かっていった。