屋台の並ぶ参道をあちこち覗きながら、端のほうまで来ると大分暗い。
丹塗りの大鳥居が見えてきて、その先は本殿のようだった。
「この辺りまでくると、ほとんど屋台も無いな」
スポットライトを当てられた面売りの、並んだ面たちがどことなく侘しい雰囲気をかもし出している。
その脇の石段を数段登った先に見える鳥居を見上げて、光がくるりと振り返った。
「ちょっと覗いてみるか」
「なんだよ、俺たちゃ祭りに来たんだぜ、こんなとこ別にいいじゃねえか」
蓬莱寺がつまらなそうに口を尖らせる。
隣で如月と美里が苦笑していた。
「いいじゃない、少し覗くくらい」
「まあ、そう言うこともないよ」
「そうだぞ、京一はワビサビの心がなってない」
「んだとお!」
笑いながら光は石段を駆け上った。
「嫌ならお前だけ待っててもいいよ?」
「俺をハブにするつもりか、いい度胸じゃねえか」
「だって、嫌なんだろ?」
「誰もそんなこと言ってねえだろうが!」
じゃあ決まりだなと言って、光は一足先に鳥居の先に入ってしまう。
踏み込んだ奥は随分と静かで、祭りの気配もここまでは届いてこないようだった。
「ちょっとは誰かいると思ったんだけどなぁ」
見かけたのは子供や若者だけでなく、年配の者も少なくなかった。そういった人々が、祭りのついでに詣でているかと思っていたのだが。
「やっぱり、最近はそこまで信心深くないのか」
それはなんだか少しだけ寂しい気分がした。
外来神もそうだが、古今東西、神というものは人の祈りから生まれたものだ。
祈る人間が少なくなっているということは、それだけ大地と人の心が離れている証拠だと思う。
人の祈りから生まれた剣。
もしかしたら、それはもうここには必要のないものなのかもしれない。
(でも、俺は)
龍が望みにこたえたというのならば、きっと意味があるのだろう。
この身が破滅を望んでいたとしても、それは逃れられない宿命だ。
生まれてきた意味があるのだと信じたい。
「たとえ、俺で最後になったとしても」
小さく呟くと、ざあと強い風が吹いて光の髪をかき回した。
視界が隠れて、指で前髪を払いながら、ふと気になって背後を振り返る。
「あいつら、なにしてんだろう」
いつまでもついてくる気配のない蓬莱寺達に、光は首をかしげていた。
(やっぱり面倒になったのかな)
こんな場所よりも祭りを見て歩きたいのかもしれない。
彼らもやはり現代に生きている人たちなのだ。古い神々と共に生きる自分とは違う。
それは少し寂しい現実だったが、わがままを言ってもいけないと思い、光は戻ることにした。
数歩歩いた所で、立ち止まる。
くるりと振り返ると、さっきまで誰もいなかったはずの境内にぽつんと立ち尽くす人影が見えた。
ざあとまた風が吹く。
影の、黒々とした長い髪がうねるように流れた。
「やあ」
知らない声だった。
「こんばんわ」
突然現れた姿に、光は油断なく様子を探る。
影は男のようだった。
年頃は多分同じくらい、背丈も似通っていた、黒い長い髪と、同じように黒々とした瞳の、病的なまでに肌の白い少年。
彼は笑っていたけれど、光にはなぜかそれが先ほどの面売りの棚に並んでいた面のひとつであったような気がしていた。
「・・・こんばんわ」
ためらいながら挨拶を返すと、少年は一メートルほど手前まで歩み寄ってきた。
「祭りを見に来たのかい?」
「あ、ああ」
「そう」
やはり、見たことのない顔だった。
それなのに、向こうはまるで光を知っているかのように親しげな口調で話す。
「それはいいね、僕もにぎやかなのは嫌いじゃないよ」
微笑まれて、背筋がぞわっと粟立った。
光は唐突に思った。
彼は、「違う」と。
何がどうとか、どこがどうだとか、言葉では説明しきれないが、ともかく彼は「違う」
殺気や妖気は微塵も感じないというのに、なぜだか鼓動が早鐘のように鳴り響いていた。
警戒している様子を気取ったのか、少年はクスリと声に出して笑った。
「怖がらなくてもいいよ、御剣光」
光ははっと彼を凝視する。
「どうして俺の名前を」
「不思議?」
夜風が少し強く吹き始めたようだった。
闇に踊る黒髪は、まるで蛇の群れのように見える。
「自己紹介が、まだだったね」
静かな声だった。
静か過ぎて冷たく聞こえるほど、何の感情も窺えない。
「僕は、影生依人、君と同じく高校三年生だよ」
影生はそう言って、もう一度、底冷えするような笑顔を見せた。