「いずれ、会ってみたいと思っていたんだ」

影生はそう言って笑った。

「龍の御剣、祈りの化身、その姿は麗しく、人の心を魅了する」

光を値踏みするように眺め回し、ふうんと含みのある声を洩らす。

「なるほどね、確かにたいそうな美少年だ」

光はキッと影生を睨んだ。

「おいおい、怖い顔するなよ」

皮肉屋な笑みはわざとらしく肩をすくめて見せる。

「綺麗な君には似合わないよ?」

「黙れ・・・貴様、何者だ」

気配が窺えない。

何か嫌な雰囲気が充満しているのに、その正体はようとして知れなかった。

これは、六門封神のせいだけではないと思う。

確かに今光の力は封じられて本来の半分も発揮できていないが、それでもこの影生という男が何者であるのか推察することは容易でなかっただろう。

影生はニヤリと口の端を引き上げた。

「紅葉が、君を好きになるのもわかる気がするなあ」

途端、全身がビクリと震えた。

その名前に一気に動揺が走る。

光は息を呑んで影生を凝視した。

「紅葉を・・・知っているのか?」

心を見透かすような視線で、影生はまだニヤニヤと笑っていた。

「知っているよ」

早くなりすぎた動悸が、耳鳴りのように響いていた。

この男は、紅葉を知っている?

それは何故?こいつと紅葉にどんなつながりがあるんだ。

「フフ」

影生は笑う。

「知りたいみたいだね、御剣光」

「お前は一体」

「僕はねえ、紅葉の親友なんだ」

何でもないことのように囁いて、冷たい微笑を浮かべた。

「ただの友達じゃない、彼は、僕のために何でもしてくれるって約束してくれた、そうだな、親友というより、恋人に近い関係かな?」

光の中に何か硬いもので殴られたような、そんな衝撃が走っていた。

グ、と息を呑んで、わずかに掌を握り締める。

気を張っていないと、今にも崩れ落ちてしまいそうだった。

「そ・・・んな、の」

震える唇はどうしてもウソだと言えない。

「ウソだと思う?」

逆に思っている事を読まれて、光は言葉を飲み込んだ。

影生はその様子を面白そうに眺めている。

「ウソじゃないよ」

腕組みして、醒めた視線が光を見下ろしていた。

「彼は僕と約束してくれた、僕のために、君を殺してくれるって」

「それはウソだ!」

叫ぶ光の声を巻き込むように風が起こる。

「ウソじゃないって、言ってるじゃないか」

ザワザワと闇に踊る髪の間から、黒光りする目がこちらを見ていた。

「僕と紅葉は、君がいると困るんだよ」

「そんなの、そんなこと、紅葉が言うわけ」

「ないと言える?君は何度彼に殺されかけたのかな?」

光は、闇の底に落ちていくようだった。

無理やり引き剥がされて晒し者になった心を、影生は土足で踏み荒らしていく。

絶望に、それでもまだわずかに残った思いの欠片が、必死で心と体を引き止めている。

「彼はね、言ったよ」

その声は勝利者のものだった。

「君が憎いって」

光の瞳から熱いものがぽたりと零れ落ちた。

「こんなに気持ちを縛って、苦しめる君が憎いと、何度も言っていたよ」

流れる涙を拭いもせず、呆然と立ち尽くしていた。

「君さえいなければどれだけ楽だろうと、そう言っていた」

「そ、んな・・・」

殺すと言われても、彼の思いは今でも自分につながっていると思っていた。

けれど、そうではなく、本当は光が壬生の心を縛り付けていたのか。

自分がこうして今もこの世界にいるから、彼は苦しんで、元凶を取り除こうとしているのか。

「そんな、ことって・・・」

後から後から、止まることなく涙が溢れ出してくる。

自分ばかり苦しいと思っていた。彼は、六門封神で俺を捕まえるつもりなのだと。

けれど、六門封神で光を縛ることはできない。

元守人なら、それくらい知っているはずともっと早くに気付くべきだった。

壬生は、本気だ。

本気で俺を殺そうとしている。

光の手足は氷のように冷たく震えていた。

真夏の最中であるはずなのに、寒くて凍えてしまいそうだった。

近づいてきた影生が、伸ばした掌を光の頬にそっと添えた。

死人のような感触だった。

「かわいそうだね、御剣光」

哀れみのような笑みで微笑んでいる。

「まだ愛されていると思っていた?彼はね、君を憎んでいるんだ」

「くれはが、俺を・・・」

「それでも君がまだ、彼を愛しているというのなら」

光はビクリと震えた。

幼い子供のように、弱々しく怯えた瞳を影生に向ける。

「彼のために、君は今すぐここで死ぬべきだよ」

「お・・・れが」

死ぬ?

影生は親指の腹で光の唇の表面をなぞった。

「そう、それしか紅葉を助けられないんだ」

「俺が死んだら、紅葉は楽になれるのか?」

「そうだよ」

朦朧とした心の奥を、暗闇が覗き込んでいた。

穏やかな表情とは裏腹に、影生の双眸は混沌でよどみ、鈍い色を放っている。

そこに退廃と死の匂いを感じて、光はそっと瞼を閉じた。

「俺が死んで・・・紅葉が楽になるなら・・・」

それが彼の願いであるなら。

「俺は・・・」

冷たい感触が胸の上に押し当てられた。

それが刃であることは、見るまでもなく分かった。

「さようなら、御剣光」

耳元で囁く声は誰のものだろう。

「これでやっと、楽になれるよ・・・」

すっと、最後の一筋が頬を伝って落ちた。

影生はそのまま胸にナイフを突立てようとした。

その瞬間。

「く、な、何?!

辺りの景色が突然歪む。

爆発音のようなものが聞こえて、夜風がサアッと境内に吹き込んできた。

風になびいた髪を鬱陶しげに払いのけて、顔を上げた目前に一振りの太刀が迫る。

腕に抱いていた光を放り出しながら、後ろに飛んだ影生の前で蓬莱寺が正眼の構えで仁王立った。

美里がまだ意識のない光を必死に抱き起こしている。

「てめえ、あんまり調子にのるんじゃねえぞ!」

影生は小さく舌打ちを洩らした。

「随分遅かったね、寝てたのかい?」

「お前の張った結界が予想以上に分厚くてね」

蓬莱寺の少し後ろで、小太刀を構えた如月が立っていた。

「小部屋のわりに、大胆な招待だな」

「まあね」

風に髪を遊ばせるままにしながら、ギラギラした瞳がフフンと笑った。

「なんと言ってもそちらは龍の御剣様だ、丁重に御持て成ししないと、失礼だろう?」

「その割には随分粗暴な扱いだな?」

「生憎僕は礼儀を知らなくてね」

「なら、俺が教えてやろうか!」

木刀を振りかざす蓬莱寺を見て、影生はまた数歩あとずさる。

「残念だけど」

すっと手をかざすと、その姿は闇に溶け始めた。

「丁重に辞退させていただくよ、君の指導じゃこっちが疲れてしまいそうだ」

「てめえ、逃げるのか!」

後を追おうとした蓬莱寺の腕を如月が捕まえる。ほとんど見えなくなった影生の、最後に残った首が光を見て薄い唇を歪ませた。

「またね」

急に強い風が吹いて、一瞬目をくらまされた後にはその姿は完全に消え去っていた。

振り返った蓬莱寺と如月は、美里の元に駆け寄っていく。

両腕に抱きかかえるように光を支えながら、美里は懸命に治癒の力を使っているようだった。

 

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