たぶん、それは初めて出会ったときから始まっていたのだろうと思う。
澄んだ薄茶色の瞳は、まるで玉のように輝いていた。
それが本当に綺麗で、何度も心を奪われた。
君を、愛しいと思った。
「紅葉、紅葉ってば」
揺すられて、ううんと唸りながら目を開くとすぐ見えた姿に思わず頬が緩んでしまう。
「おはよう、光」
「おはようじゃなくて、そろそろ起きないと」
窮屈そうにもがいているので何事かと様子を見れば、自分が両腕の中に抱きかかえているせいで彼は起きられずにいるようだった。
ゴメンと笑いながら腕を外すと、光は少し怒ったような顔をしながら目だけ笑っていた。
「紅葉は抱き癖があるんじゃないの?」
「そうかな、自分ではそんなつもり無いけど」
「つもりがないから癖なんだよ」
確かに。紅葉は納得して、この口の減らない恋人を愛しく見詰める。
日を追うように募る想いを、抱いていたのは自分だけだと思っていた。友達のような、それとはもっと違う、深い付き合いを望んでいるような、そんな自分でも持て余し気味の感情を抱いたまま、いつものように就寝の床に就いた紅葉に囁いた光の声。
離れたく無いと願う心が同じだと分かった時には、もうどうしようもなくなっていた。
力に任せて強引に光を求めて、何もかも奪ってしまおうとした。
泣きながらわずかばかりの抵抗をする彼に、罪悪感を抱かなかったわけじゃない。
身勝手な行為で大切なものをなくしてしまう心配ができるほど、大人でもなかった。
だから翌朝、怯える光を見た瞬間、心の底から絶望したものだった。
祈るように、必死で囁き続けた。「嫌わないでくれ」「頼むから、僕を否定しないで」
光が、その願いを聞き届けてくれたことは、今でも奇跡のように思う。
あれほど酷い目にあわせておいて、彼の信頼も友愛も全て裏切って、それでもこんな卑しい自分を受け入れて、それだけじゃない、彼の想いまで、そのままそっくり僕にくれた。
光の内はどれほど広いのだろうと、時々途方に暮れそうになる。
この歳まで隔離されて育った、世界を知らない、そのくせ、純然たる命の炎を思わせるような輝きを纏った、まるで人では無いような少年。
その姿は美しく、胸の奥は更に美しいのだろうと思う。
身びいき込みだけでない、紅葉の素直な感想だった。
彼のためならどんなことでもしてやりたい。どんなことだってできる。どこか繊細なその姿を、他の誰でもなく自分のこの手で守りたいと願う。
紅葉は光の手を握ると、その指先をそっと自分の唇に押しあてた。
表面をなぞるように動かして、手の甲に口づけを落とすと、少し照れたような声が聞こえる。
「紅葉ってば、起きようよ」
視線を向けると光の目は綺麗な金色に染まっていた。
彼の意識がより覚醒している時、こんな表情を見せることがある。
それはなんとも不思議な光景だったが、自分と二人きりのときにしか見せない表情でもあった。
紅葉は僅かに見とれて、そうだねと頷いて体を起こした。
続いて光も起き上がる。
二人は一組の布団で寝ていた。隣には、一組の布団が敷いたままの状態で放置されてある。
律儀に二組用意しようとする光の心中を察して何も言わずにいるけれど、紅葉は可愛らしいなと思って少しだけ笑った。
その様子を光は怪訝に見詰めていた。
「なに笑ってるんだ」
「いや、面白いと思ってね」
「布団が?」
「まあ、そんなところかな」
ふうんと納得の行っていない声を洩らして、後ろ向きになった背中は露のまま、二人は衣服を着ていない。
「布団、上げないと、でもその前に胴着に着替えて顔洗いに行かないと、青山さんが心配するから」
一応秘密ということにしてあるけれど、兄弟子の青山にはとっくにばれているだろうと紅葉は踏んでいた。
子供の自分たちならともかく、あれでも館長には絶大なる信頼を置かれている男だ。腑抜けであるはずがない。けれど、だからといって別段どうということもないので、光にはその事を話した事はなかった。
紅葉の腹はとうの昔に決まっている。周りのことなど関係ない。
愛しいと思うこの気持ちは自分だけのものだから。
だからたとえ何があろうとも、想いを覆せるものなどいない。
そして自分は彼を人生唯一の人と決めた。想いは変わらないだろう。
いずれ離れる日が来ても、運命を素直に受け入れるつもりなどなかった。
光を攫って、どこか遠く、いつまでも二人でいることの出来る場所へ逃げてしまおうか?
そんなことばかり考えていたような気がする。
浅はかな子供時代のこと、想いは募るばかりで、それ以上を考えることなどできはしなかったのだから。
衣服を着て、布団を上げたあと、簡単に掃除して、そして何食わぬ顔で部屋を出て行く直前、光はいつも紅葉の服の裾をちょっとだけ握った。
そうして上目がちにこちらを見上げて、微かに微笑むのだった。
その姿が今でもはっきりと思い出せる。
あの時確かに繋がっていた、深い、愛の絆。
想い想われて、呼べば必ず答える声があって、素肌が触れ合うほど側にいたはずなのに。
温もりは、ある日唐突に奪われてしまった。
紅葉の手の内から、世界は消えてしまったのだった。
闇ばかりが、そこにあった。