(さて、どうしたもんか)

幸い教員には出くわさず、蓬莱寺はぶらぶらと廊下を歩いていた。

拳武館高校の生徒は優秀であるらしい。校内に何をするでもなくぶらついているような生徒の姿は殆ど見つけられず、稀に声がして覗いてみれば、それは運動場や武道館からの練習にいそしむ掛け声であるようだった。

聞き込みに行ってみようかとも思ったが、生徒がいるということは練習に付き添う教員も確実にいるはずで、彼らに見つかれば何かと面倒だろう。

「教室のほうに誰かいると思ったんだけどなあ」

当たりをつけて向かった先がたまたま三年の使用区域だったことは幸運といえる。

けれど、肝心の生徒が見つけられないのでは話にならない。

困っていると呼び止められた。

「あの」

「えっ」

慌てて振り返ると、眼鏡をかけた線の細い男が立っていた。

拳武館の制服を着込んでいて、手には数冊の本を抱えている。

「えっと、君はうちの生徒じゃないよね、ここで何をしているのかな」

「あーっと、その、俺は」

とっさに思いついたことを言ってみる。

「あんたさ、壬生って知ってる?壬生紅葉」

「壬生君?知ってるけど」

生徒はそれが何かと言いたげな表情をした。

「俺さ、あいつのダチなんだけど、最近姿見かけなくてチョイ心配でさぁ」

「へえ」

でまかせにしては随分気分の悪いことを言ってしまった。

けれど、これも光のためと蓬莱寺は甘んじてこらえる。

「なんかあったんじゃないかと思って、ガッコの奴なら知ってるかもって、そんで」

「そうなんだ」

生徒は蓬莱寺のつま先から頭のてっぺんまで見回して、意外そうな顔をした。

それからどことなく好意的な表情でにこりと笑って言った。

「僕は壬生君と同じクラスだから、彼のことなら多少は知ってるよ」

ビンゴ、蓬莱寺は胸の中で手を打つ。

行き当たりばったりの行動だったが、どうやら運が味方してくれているらしい。

蓬莱寺はこの生徒から事情を聞きだすことに決めた。

「なあ、あいつ最近どうしてるんだ?」

「さあ」

「さあ?」

「知らないよ、彼、あまり学校に来ないから、僕も普段のことはよく知らない」

ついていると思ったとたん突き放されたような気分になる。

蓬莱寺は拍子抜けして表情を曇らせた。

「なんだよ、あんた今知ってるって言ったじゃねえか」

「少しならってちゃんと言ったよ、詳しい事まではわからないさ」

「けど、ガッコに来ないって、そんじゃ」

ああ、平気だよと生徒は笑う。

「彼は特待生だからね、登下校を含む授業諸々が免除されてるんだ」

「特待生?」

「聞いてないの?まあ、人に話すようなことじゃないのかもしれないけれど」

眼鏡のフレームを指でくいと押し上げた。きざったらしい仕草がわずかに鼻につく。

「拳武館高校にある特殊システムだよ、武術および勉学に優れたるもの、館長公認の元にそのすべての権利を約束する、一つ、当校特待生は学内風紀を乱さない範疇において、一切の時間的制約を受けないものとする」

つまり、と生徒は続ける。

「いつ学校に来てもいいし、いつ帰ってもいい、極端に言えば来なくたっていい、その代わり、学年毎に年数回の能力測定があって、基準を満たさない生徒はすぐに特権を剥奪される、奪われた権利は二度と復活しないっていうウチらしいルールなんだ」

そんな話は初耳だ。

私立校は公立より変わった規則が多いと聞いたことがあるが、ここまで特殊なケースは拳武くらいのものだろう。

それとも、と蓬莱寺は考える。

裏家業を行っている生徒に対しての、これは免責措置なのだろうか?

それならば得心が行く。そうやってくくりを作っておけば、一般の生徒や教員から苦情がもれることはまずないだろう。

生徒はさらに話し続けた。

聞かれてもいないのにこんなによく喋るのだから、案外口の軽い男なのかもしれない。

「壬生君はこの三年の間殆ど学校に来てないのに、能力測定ではいつもトップの成績を出している、彼は我が校の誇りだよ」

あんな殺人鬼相手に誇りだと言う、この男の神経を蓬莱寺は疑いたくなった。

けれど、こいつは多分何も知らないんだ。知らないならそれくらい言えてもおかしくないだろう。

話を聞く限り壬生紅葉は随分優秀な男らしい。そんなところもまた忌々しく思う。

「あーその、能力測定ってのはそんなに凄いのかよ」

悔し紛れにつまらないことを聞いてしまった。

生徒はにっこりと笑って人差し指を目の前に立てた。

「一般と測定法が違うからね、それよりさらに難しくて高度なんだ、その検査で、壬生君は常に一位なんだよ、と言うことはウチの学校で一番能力が高いといっても過言じゃない」

「お前、詳しいな」

「僕も一応特待生だからね」

さらりと言ってのける生徒に、蓬莱寺は目を丸くする。

と言うことはこいつまさか。

(暗殺組織の一人なのか?!

ぎょっとして、思わず身を硬くした。生徒は相変わらずのんきな笑顔を浮かべている。

油断なく気配を探って、蓬莱寺は不意に肩の力を抜いていた。

こいつは、違う。

どれほどの使い手であろうとも、ここまで完全に気配を消し去ることなどできるわけがない。

こいつは間違いなく一般の生徒だ。

めまぐるしく移ろいだ思考の展開など想像もつかないらしい件の一般生徒は、眼鏡の下の凡庸な瞳を数回ぱちぱち瞬いて、何か、と聞いてきた。

「いや、なんでもねえ、あんたもそんな凄い奴だったのかってちょっと驚いただけだよ」

「いや、そんな、壬生君と比べたらまだまだだよ」

言葉の端々に優越感が漂っている。こいつはやはりタダのヒトだ。蓬莱寺は確信した。

「でも、特待生同士これでも結構仲良くしているつもりだよ、彼学内では結構人気者だけれど、あの性格でしょう?友達は少なくてね」

「ちょっと待てよ、学内で人気って、ここは野郎しかいねえじゃねえか」

私立拳武館高校は寮完備の男子校だと聞いている。武道の道に女はいらぬとか言う古風な考え方があるのかどうかは知らないが、創立当初から思想は一貫されているはずだ。浮ついた噂が無い事でも有名な学校でもある。

「男でも、男に憧れる事もある、いや、男ならではの考え方なのかな」

僕にそっち方面の趣味は無いけどね、と、断ってから生徒は話を続ける。

「君にもあるでしょう、あいつ凄いなとか、格好いいなとか、そういう意味で壬生君にはシンパが結構いるんだよ、中には恋愛感情めいたものを感じてる奴もいるだろうけどね、まあ、ここには男しかいないんだし、そういうのは仕方ないんじゃない?擬似恋愛ってヤツで」

「何だよ、贋物だってのか?」

「違う違う、敬愛と愛情を混同してるんだよ、尊敬なのか恋なのか、自分でもわけわかんなくなってるんだ」

「そ」

蓬莱寺はびくりとしていた。

自分には、にわかに思い当たる対象が一人だけ、いる。

「そんなこと、間違えねえだろ」

「強い感情っていうのは似たり寄ったりさ、好きな気持ちが強すぎて憎らしくなったり、大嫌いなのに気づけばいつもそいつのことばかり考えてたり、それって恋や愛と錯覚しやすいよね、逆に、好きなのに嫌いなのかもって思い違うことも十分ありうることだし」

何なんだこいつは、知ったような口利きやがって。

急に猛烈な不安と怒りが腹の奥でとぐろを巻いた。

そうじゃない、勘違いなんじゃないと、言い切ろうとしてもどこか不安が残る。

俺は光に惚れてるんだ。勘違いじゃなく、間違なんかじゃなく、本気で、あいつを。

(けど、俺はあいつの何を知っている?)

ふいに胸がドキンと鳴った。

いつも傍にいる。いつだって、一番近くで守ってきた。けれど俺は、壬生よりも、多分如月よりも、光のことを何も知らない。あいつの抱えているものが何なのか、そんなことすら把握していない。

蓬莱寺は掌の木刀の感触を強く握り締めていた。

「まあ、まがい物でも価値を決めるのはその人だし、そういう思いの形があってもいいんじゃないかとは思うけどね、ただ、壬生君自身がどう思っているかはまた別のことだよね」

光は、こんな俺をどう思っているんだろう。

友達だと嘯いて、その実激しい想いを寄せている、こんな俺を。

「彼は人目を引くからね、仕方ないよ、僕も彼と一緒にいるとなんだか凄く誇らしい気分になるし」

違う違う、そんなものじゃない。俺はそんなつもりじゃ。

「仲良くしてもらえると特別なんじゃないかって勘違いしそうになるけどね、そんなことはない、彼にとっては多分その他大勢の一人だよ、そこまで自惚れるほど、バカじゃない」

そんなはずはない。光だって親友だと認めてくれている。俺は、あいつの。

「だからね、彼に憧れるヤツは僕も含めて沢山いるけれど、本当に彼のことを知っている人ってなると、少なくともこの学校にはいないと思うよ、校内では優秀な特待生、でもその実態は殆ど見えてこない、ミステリアスだよね、壬生君って」

そこまで言って生徒はふと気付いたような顔をした。

「あれ?君、大丈夫?なんだか顔色がよくないよ」

「あ、ああ」

蓬莱寺にはもう情報収集するような余裕など残っていなかった。

そんなことよりも、体中で渦を巻く想いが息苦しくて、これ以上ここに居たくない。

「わりいな、色々聞かせてくれてありがとよ」

それだけ言うのが精一杯だった。

呼び止める声を無視して、蓬莱寺は来た道を駆けだしていた。

光に会いたい。

今すぐ会って、この想いが本物だと確認したい。

俺は勘違いしてるわけじゃない、ちゃんと、あいつのことが好きなんだ。

確信していたはずなのに、今では想いの形は儚く揺らめいている。

壬生と、俺と、何が違う?

(何も―――何も、違わねえよ!)

自分自身に怒鳴りつけて、蓬莱寺は拳武館高校の廊下をただひたすらに疾駆した。

 

(続きへ)