新幹線の窓から流れていく景色を眺めながら、何をしているんだろうとぼんやり思う。
光は今、京都へ向かっている。
修学旅行で浮かれた生徒たちはみな一様に喜色を全面に現して大騒ぎしているというのに、とてもそんな気分になれそうもない。少し前までは美里が気遣って隣であれこれ世話を焼いてくれていたが、ここは放っておいたほうがよいと判断されたのかどこかへ行ってしまった。
蓬莱寺も、電車に乗り込むまでは一緒だったが、それ以降近づいてくる気配すらない。
辺りの喧騒に包まれながら、かつて遠く離された、本家のある地へ赴く心はいつに無く暗鬱としていた。
「君、蓬莱寺君と何かあったのか?」
そう聞かれたのは数日前。
如月の店で丸薬等を購入しに行ったときのことだった。
旅先で何かあってはいけないと、霊薬や軟膏等を気休め程度に買い求めている間中、蓬莱寺は行く所があるとかで席を外していた。
もっとも、店の前までは彼はちゃんと着いてきてくれたし、店に入った直後、戻ってくる時間を決めて出かけていったのだから、護衛の役目だけはちゃんと果たしてくれている。
けれど、それだけだった。
拳武館高校に赴いたあの日以来、蓬莱寺は光との過度の接触を避けているように思えた。
いや、避けているのは俺のほうか?
何も分からない、分からない事だらけだった。
蓬莱寺の気持ちも、壬生の気持ちも、自分の気持ちすら曖昧模糊としているようだ。
俺は一体どういうつもりでこれまで蓬莱寺に接してきたのだろう。
友達だと思っていた、その気持ちに偽りは無かったのだろうか。
単純に、便利なやつだと利用してはいなかったか?
それを悟ったから、蓬莱寺はあんな強行手段に出たのだろうか。
如月はストレートに問題を突いてきたので、驚いて一瞬戸惑ってしまった。
そのせいで、彼は大体を把握したようだった。
「まあ、僕が口を挟むことでもないとは思うけどね」
口調はどこか悠然としている。この男はいつもそうだ。
自分も同じくらい物事に余裕を持ってあたれたらいいのにと、いつも思う。
「蓬莱寺君はちゃんと君の守人としての役目を果たそうとしている、それは事実だ」
「ああ」
「本当に大切なものは、いつでも目に見えず、触れることもできないんだよ」
光は顔を上げる。
如月はこちらを見てはいなかった。手元の帳簿をめくりながら、口元だけが淡々と光に語りかけていた。
「それがなんであるのか、知るのは自分だけ、確固とした根拠は、信じることでしか生まれない」
そんな曖昧なものなのかと思う。
だからこそ、惑うのかもしれない。
如月がこちらを見た。
「君は、今でも壬生のことが好きなのか」
光は如月を凝視した。
これ以上ないほど開いた眼窩から、激しく高鳴る心臓が飛び出してしまいそうだ。
全身を震わせ、たっぷり数分の間を取って、急に憔悴した眼差しが静かに睫を伏せながら小さく首を縦に振った。
嘘など吐けない。
これほどまでに強く想っているのに、吐ける訳がない。
まだ壬生を愛している。愛しくて愛しくて、想うだけで泣けてくるほど、恋しい。
面影が胸から消えたことなど一瞬たりとも無い。
そうかと短く答えて、表情の読めない如月の黒い瞳が光をじっと見詰めてきた。
「まあ、知っていたよ、事実今でも君にかけられた六門封神は解けていないのだからね」
光はいたたまれなくなって顔を背けた。
「―――蓬莱寺君も君を想っている」
ビクリと肩が震える。
数日前のあの出来事が、唇に蘇ってくる。
「事実は事実として受け止めて、それをどう判ずるのかは君にしかできないことだ」
「けど、俺は」
「思いの形は一つきりじゃないよ」
如月の気配が、急にふわりと優しく変わった。
光は顔を上げた。
「君が大切なもの、守るべきものを、大切にしてくれ、どのような形であろうと誠意を持って関われば結論は必ず出る、君は、ただそれを真摯な気持ちで受け止めればいい」
「誠意を、もって」
「そうだよ、そして僕は君にならできると確信している」
「どうしてそんな」
「理由ならちゃんとあるさ」
手元の帳簿をパタンと閉じて、如月は傍まで歩いてきた。
そして板の間に正座すると、不安げに揺れる眼差しの奥を穏やかに見つめ返してきた。
「君もまた、蓬莱寺君を大切に想っているから」
それは彼と同じ形のものではないのだろうけど、と付け加える。
「けれど、思いの形はどうであれ、それは本物だと僕は思う、だから信じられる」
「如月」
「僕も、君のことが大切だからね」
光は一瞬驚いて、そして微かに微笑んだ。如月の思いはどちらであるのだろう。
自分には知る術などない。けれど。
「ありがとう」
光は答える。
「俺も、翡翠のことが大切だよ」
「なら、僕の言葉を信じてくれるな?」
「ああ」
よろしいと言って髪をなでる、如月は同年齢であるはずなのにまるで年上のようだ。
なんだか少しくすぐったくて、光は久々にちゃんと笑うことができた。
それから今日まで、一体何をしていたというのか。
あの時受けた言葉は確実に胸に染み渡ったし、理解したとも思う。
けれど、今この時に至るまで、相変わらず蓬莱寺との仲はギクシャクしたままだ。
歯がゆいと思う、こんな状況は一日だって我慢ならないのに。
蓬莱寺がいまだに約束を違えず、ちゃんと朝と夕の送り迎えや、身辺警護をこなしてくれていることが更に重く辛かった。
殆ど言葉も交わさず、必要最低限の会話しかしない。
こんなのは俺と蓬莱寺の仲じゃない。
けれど、それなら今まではどうだったというのだろう。
あれは、あの関係は友達と呼べるものだったのかどうか。今ではそれすら自信がなかった。
ちらりと伺うと、少し前のほうに見慣れた茶色の髪が揺れていた。他の生徒とたわいもない話に花を咲かせているらしい。
今、そこに光の入り込む余地は無い。
なぜだか辛くて、見送る窓の外の景色までくすんで映るようだった。