決着はものの数分でついた。

村雨と彼の友人は、累々と倒れた男達の懐から有り金全部頂戴して、警察が来る前にさっさとその場を退場した。

「フウ、参ったぜ」

村雨の言葉に、青年―――緋勇龍麻は気分悪げに口を開く。

「なんであんなことになったんだ、お金まで盗って」

「おいおい、勘違いするんじゃねえよ」

大仰な仕草で心外だと示して腰に手をあてる。

「ありゃ、あいつらが悪いんだぜ?俺はこいつの勝ち分を頂いたまでさ」

懐から使い込まれた花札を出して見せる村雨に、龍麻が軽く嘆息した。

「まったく、村雨も懲りないな」

「ヘッ、まあそう言うなって」

笑って彼の肩に腕を回す。

「そういや先生、あんたみたいなのがこんな時間に、こんな所で何の用だ?」

「え?ああ、いや、別に」

龍麻はなにやら機嫌が悪そうだった。

「ちょっとな、京一に呼ばれたんだ」

「へえ」

男の名前が出てきて、村雨は少しだけ嫉妬めいた感情を覚える。

特に蓬莱寺京一は心象があまりよろしくなかった。

ヤツは、この美人を何度か手篭めにしているうらやましい野郎だ。

回されたいかつい掌が、龍麻の細い肩を少し強く掴んだ。

「あいつにな、負け越してるから付き合えって誘われた、これから行く所だったんだ」

「へえ」

やんわりと腕を振り解かれて、少しばかりつまらなく思う。

「奴さん博打はてんで素人なくせに、威勢だけはいいからな」

「まったくだ、やめとけばいいのに」

龍麻は嘆息した。

「俺を呼んだってツキが廻ってくるわけでもないのに、あいつも何考えてるんだか」

「そうか?」

村雨の言葉に龍麻が首をかしげた。

思わぬ可愛らしい仕草についニンマリと微笑んでしまう。

「俺だったらわかるけどな、あんたがついてりゃ負ける気がしねぇ」

「そんなのただの思い込みだ」

尖らした唇が非常に美味そうで、村雨は不意にひらめいていた。

「そうだ先生、俺にちょっと付き合えよ」

「はあ?」

ここであえたのも何かの縁だし、ちょっとツキを取り戻させてもらおうか―――むざむざ蓬莱寺の元へ逃がしてやる義理も無いだろう。

「そんな嫌な顔しなさんな、別に稼ぎに行くんじゃねえよ」

「だったら」

「あんたと勝負したいんだ、いいだろセンセ」

「嫌だ」

龍麻は賭け事の類一切が嫌いだった。

もちろんそれは了承済みで、村雨は胸の内でてぐすねを引いていた。

「あんたが相手してくれないなら、仕方ねえ、稼ぎに行くしかねえな」

途端に龍麻が顔をしかめる。

「お前、今さっき揉め事起こしたばっかりだろう?」

「このままじゃケチがついちまう、どっかでさっぱり勝ってこねえとどうにも寝起きが悪い」

「そんな」

困りきって考え込む様子に、お人よしの龍麻は多分落ちるだろうと踏んでいた。

大して時間もかからずに、予想は当然的中した。

「―――金は賭けないからな」

「おう、いいぜ」

そんなもの、もとより興味は無い。生活していける以上の金銭に執着した事など無い身だ。

「京一に呼ばれてるから、そんなに時間かけられないぞ」

「わかってるって、すぐ終わるからよ」

「それはお前が勝つって事か?」

村雨は声に出して笑った。

憮然としている龍麻は、負けるつもりなんてもちろん無いのだろう。やるからには全力投球で向かってくるのがこいつの良い所だ。

「俺が賭場に使ってる家がこの近くにある、とりあえずそこ行こうか」

すたすたと歩き出すと、半歩遅れて気乗りしない足が後からついてきた。

 

 案内されて着いたのは、表通りから奥へ奥へと進んだ場所にある古ぼけたマンションの一室だった。

中に入ると随分殺風景な景色が広がっている。

黒光りするパイプベッドに、幾つかのスチール製の背の低い物入れ、部屋の中央には裏返せば雀卓になるがっしりしたテーブルと、椅子、床は黒ずんだフローリングが貼られていて、部屋に一つしかない窓には無造作に黒いブラインドが吊るされているだけだった。奥にはドアが一つあって、多分トイレだと思われた。申し訳程度に設置された流し台は長いこと使われた形跡が無い。

がらんとしたその部屋で、龍麻は勧められて椅子に腰掛けた。

「ま、とりあえずこれでも飲みな」

ベッド脇の小さな保冷庫から取り出した缶コーヒーを勧める。

「俺、コーヒーはちょっと」

「だめか、ならビールは?」

「もっと無理だ」

村雨は「可愛いな、先生」と笑って自分の分の缶コーヒーを片手に正面の椅子に座った。

「さて、と」

一段落着いて、早速口を開く。

「勝負だからな、賭けるもん決めようか?」

「お前」

明らかに非難めいた視線に、村雨はハハと笑った。

「金は賭けねえよ、物も賭けねえ、そうだな、賭けるもんは」

考えるフリをして顎をしゃくる。

「一つだけ、相手に言う事を聞かせられる権利、ってのはどうだ」

「何だよ、それ」

怪訝な龍麻の気配にまた笑う。

こいつ、案外勘がいいからな―――気付かれないよう細心の注意を払って話を進めなければ。

「もちろん俺とあんたはダチだ、無茶言いっこなし、出来る範囲でってんでどうだ」

龍麻は暫し思案して、不承不承に首を縦に振った。

「わかった、それならいい」

納得はしていないようだった。

筋金入りの賭け事嫌いに、やれやれと心中で言葉をこぼす。

「おし、なら決まりだ、勝負は何で決めるかい?」

「―――トランプなら少しできる」

「なら、ブラックジャックはどうだ?」

「知ってる」

村雨は楽しそうにスチールの引き出しからトランプを取り出してきて、卓の上にそれを乗せた。

「勝負はきりよく5回、先に三回勝ったほうが勝ち抜けってことでいいか?」

「ああ、それでいい」

「よし」

手際よくカードを切って配布し、山を中央に置いたあとで手元の札をめくって覗いた。

―――村雨の口元に不敵な笑みがじんわり浮かび上がる。

「それじゃ始めようぜ」

龍麻も悪くない手が来ているようだった。

(こいつは楽しめそうだ)

二人は真剣な面持ちで、勝負を開始した。

 

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