「Black
Jack」
夕暮れ、薄暗い町の一角でそれは起こった。
「てめえ、いい加減にしやがれ!」
男の一人が激昂して立ち上がる。
「ああん?なんのことだ」
彼はいぶかしげな表情で相手を睨みつけた。
東京、新宿歌舞伎町。
色と欲が交差する混沌の街で、こんなこと日常茶飯事だからもう慣れてしまっている。
ましてや今まで彼らが興じてたのは金銭がらみの賭博、トラブルが起きないことの方が珍しい。
「なんのことだじゃねえよ、このイカサマ野郎!」
檄を飛ばしているのは三人連れの柄の悪そうな男達。
それと向き合うようにして座る男が一人。
「イカサマァ?」
豪胆な様子が鼻で笑う。
「おいおい、兄さん達、てめえの運を棚に上げてそりゃないだろ?」
「何が運だ、汚い手使いやがって!」
口汚くののしられて、彼―――白い学生服を着た、多分高校生であろう目つきの鋭い、恰幅のいい青年がギロリと睨みをきかせた。
「だ、大体、まだガッコ行ってる坊ちゃんのくせして生意気なんだよ!」
一瞥に恐れをなした雑魚犬が、幾らか腰の引けた様子でキャンキャンわめいた。
青年は苦笑していた。
確かに学ランを羽織ってはいるが、その風貌は随分と大人びていて、多分私服であったならこんな割に合わない喧嘩を売られる事もなかったろうに―――
「ちぇ、今日はついてねえなあ」
呟いて、村雨祇孔は斜にかぶった帽子のつばを軽く押し上げながら、ゆっくりと立ち上がった。
2メートル近い長身に男達がひるんだように僅かに後退する。
「確かに先にフッかけたのはこっちだが、負けたのはあんた達の運だ、博打ってのはそういうもんだろ?」
「何が博打だ、ふざけやがって!」
最初の男が間に並べられた花札を叩きつけながら叫んだ。
「5回の勝負で五光が三回、四光が二回だ、バカにすんのもいい加減にしやがれ!」
「そうだそうだ、フザけんな!」
負け犬たちが雁首そろえてキャンキャンと鳴き喚く様を一瞥しながら、村雨は嘆息していた。
(やれやれ)
俺は別にイカサマなんかしてねぇ、その必要すらないんだぜ?
彼の運が尋常でなくよろしいので、結果こういう勝ち方が出来てしまうだけなんだと何度言っても誰も信じようとしない。もう慣れたが、それでも濡れ衣をかぶせられるのはやはりいい気がしなかった。
「素直に負けを認めねえやつはみっともないぜ?」
「るせぇ!」
殴りかかってきた腕をひょいとよける。
「やれやれ、ここんとこおとなしい野郎ばっかだったからなあ、ちいとばかり人を見る目が鈍ったか」
「んだと?」
「ここにいる奴で、金払う気のある奴は一人もいねえみてえだな」
「ったりめえだ!」
「このインチキ野郎!」
「世間の通りってヤツを教えてやるぜ!!」
「―――わりいが遠慮しとくぜ」
帽子のつばを引き下げながら、村雨は実力行使での賭け賃調達の腹を決めた。
歌舞伎町の夜を生きるものとして、こんなことで勝負をチャラにされたら面子が丸つぶれだ。
「金に苦労はしてないが、貰うもんはきっちり頂かねえとな」
「ザケンな、やっちまえ!」
「チッ、仕方ねぇ!」
聞き分けのないチンピラにはこれ一発で十分だ。
(合計三発分も込みで、てめえらの有り金全部むしりとってやるぜ!)
村雨が拳を振り下ろそうとした、まさにその時
「村雨?!」
聞き覚えのある声に一瞬反応した隙をついて、男の拳が右頬を直撃した。
「ッグ!」
よろめいた体を後ろに踏み込んだ足で何とかとどまらせた村雨の元に、学ランの青年が走りよってくる。
「大丈夫か村雨!」
「へへ、お前さんが声かけなきゃな」
心配と困惑がごちゃ混ぜになったその顔は、今日も恐ろしく美人で魅力的だ。
こんな状況でなかったらセクハラの一つでもかましてやりたかったのにと、不埒な事が頭をよぎる。
戸惑っている様子の彼に村雨は「ニッ」と笑って見せた。
「なんだてめえは!」
相手の男の一人が声を荒げて吼えた。
彼はその男を一瞥した。
「随分荒れてるみたいだけど、どっちが悪いんだ?」
「ケッ、見りゃわかんだろ?」
村雨の言葉に青年はため息を吐いた。
「そうか―――仕方ないな、俺も理不尽なのは嫌いだ」
「へへ、そういうこった」
「何をゴチャゴチャ言ってやがる!」
不意打ちをいともたやすくかわしながら、彼は卑怯な男の首筋に手刀一発で黙らせた。
他の者達はその光景に動揺しつつ、それでも臨戦態勢を解こうとしない。
彼は村雨を振り返った。
「友達だからな、手伝うよ」
「こいつら相手にか?よせよ、加勢なんか要らねえぜ?」
「そうかな」
青年は男達の後ろの路地に視線を投げた。
そこには先ほど四回目の勝負の時に席を立った「客」だった男がゆうに10人は越すだろう仲間らしき者たちと共に殺気立った面持ちで駆けて来るのが見える。
「あの野郎、そうか、仲間呼びに行ってたのか」
こんな貧相な奴らがやけに威勢がいいと思ったら、そういうことだったのか。
「どうやら金払う気は、もとよりこれっぱかりも無かったって事だな」
「へっ、子供はな、ガッコでセンセのオッパイでも吸ってりゃいいんだよ!」
下卑た笑い声にうんざりする。
「本当に吸わせてくれる美人でもいりゃよかったんだがな、あいにくうちはジジババばっかでよ」
「バカ、冗談言ってる場合か」
「へいへい」
真面目な青年に苦笑を洩らす。
「村雨、どうする?」
「そうだな、それじゃ」
村雨は、路地の傍らにつばを吐き捨てながら短く言い捨てた。
「一つ頼むぜ先生!」
彼が頷くのと、男たちが殴りかかってきたのはほぼ同時だった。
「歌舞伎町のルールってヤツを教えてやるぜ!」
「そりゃこっちの台詞だ!」
互いの檄が飛ぶ。
青年と村雨は、拳を振り上げた―――
続きへ:前振り長いよバカ(笑)