分かっていたけれど、案の定、見送る人の誰もいない家のドアに鍵をかけて門の外に出た。
今日から一年間、無人になる家。
改めて見上げて、また一年後に逢おうな、と、心の中で語りかけてみる。
暮らす人のいない家は本当にただの箱のようだ。
時々、管理してくれる人が来るらしいけれど、家には上がらず庭の整備などをしていくだけだそうだから、次にこの扉を開くときは、黴臭い空気を覚悟しなければならない。
換気も一日かけないとダメだろう。
(まあでも、腐るものは残していないし、洗濯物も片付けた、掃除もしたし、元栓も締めた、ブレーカーも落としただろ、鍵は全部確認してある、貴重品も残ってない)
大丈夫、と、確認して歩き出す。
両親はもう現地に到着したのだろうか、今晩あたり携帯にメールが届くかもしれないな、と、肩の荷物を背負いなおした。
黒沢朋也は今年で17歳になる。
背の高い少年で、それだけでも結構人目を引くというのに、四分の一北欧の血が混ざっているせいで、彼の髪は黒と呼ぶには明るく、銀よりは暗い。
瞳の色は灰色味のかかったブルーで、多少日本人離れした彫りの深い顔立ち、二重の瞳の睫は長く、一見少女と見紛う優しい雰囲気を漂わせているが、きちんと見れば美形の青少年だ。
長い手足を優雅に操り、街を行くだけで周囲の人が思わず振り返る。
それなのに、当の本人はそういったことにまるで頓着していない様子で、発着時刻を確認すると、駅のホームに立ち、電車の到着を待っていた。
これから、遠い町に行くのだ。
両親は共に長期の海外出張、予定では一年間、日本に帰ってこない。
その間共に海外で暮らそうと言われたけれど、朋也は断固拒否をして、両親がやむを得ず出した妥協案は一年母方の叔父の元で過ごすというものだった。
叔父の暮らす町は、ここから電車を幾つも乗り継いで半日かかる稲羽市八十稲羽。
母から見せられた写真にあった叔父の姿は随分若く、母曰く、7年前の姿との話だった。
叔父の家には娘が一人居るらしい。
名前を堂島菜々子、小学校一年生、彼女の姿はまだ知らない。
(でも、多分可愛いだろう、俺の従妹だから)
幼い女の子とどのように生活したものかとも思うけれど、なるようにしかならないし、幸い子供は嫌いではない。
電車がホームに滑り込むように到着する。
一年間の転校と、知らない町での生活。
不安と比例する期待感、ほんの僅かな寂寥感。
どこでもそんなに変わるもんじゃないさ。
ふと呟く。
一年なんて、あっという間だ。
それこそ、瞬きしている間に過ぎてしまうだろう。
住む場所と通う場所が変わるだけ、付き合う面子が変わるだけ。
(まあ、田舎っていう点では、多少不便かもしれない)
母親が笑いながら話していたが、八十稲羽には24時間営業の店が存在しないらしい。
それだけで大まか、事情を察して、唯一の憂鬱の種だった。
まあ、無ければ無いで、やっぱりどうにかなるだけだろう。
荷物を担ぎ、電車に乗り込むと、閉じたドアの向こうで景色は走馬灯のように次々と後方へ流れていった。