眠そうな顔だな、と肩を叩いて、振り返った表情が一瞬強張ったから、朋也は僅かに戸惑いを覚えた。

けれど陽介はすぐ笑いながら「人のこと言えんのかよ」とウィンクを投げかけてきたから、気付かれないようにホッと胸を撫で下ろしていた。

並んで通学路を辿る。

「お前さ、今日の生物、ノート纏めてきた?」

「いや」

「おっ、珍しいね先生、いつも予習復習を欠かさない優等生がどうした?」

「反抗期なんだ」

「ハハッ、今更かよ!」

っていうかそれじゃ俺ヤバいよと頭を抱える、陽介をちらりと横目で窺って、朋也は笑う。

「人のノートを当てにするから、こうなる」

「センセー!」

「うるさい、俺もノート纏めなきゃならないから一緒に見てやるよ、それでいいだろ」

「うう、持つべきものは黒沢だよなあ」

(調子のいい事を言って)

ふと、陽介と目が合った。

―――途端、再び気配が強張って、陽介は困ったように眉を寄せながら、はは、と笑う。

「あ、えーっと」

朋也はすぐ視線を逸らした。

こういう時よく使う処世術だ。

何事もなかったように振舞っていれば相手は安心して、そのうち過去は書き換えられる。

(昨日の事は、もう済んだ話だ)

今更、蒸し返されても困る。

陽介がこちらを窺っている気配があった。

朋也は敢えて関係の無い話を振った。

「花村」

「えッ」

「数学の宿題は?」

「え―――ウッソ!数学宿題出てたっけ!?」

「出てた、28ページから30ページまでの各例題問3まで」

「マジか!」

黒沢ぁ、と泣きついてくる陽介に、朋也はわざとらしいため息を吐いて返した。

同時に今までわだかまっていた微妙な空気は一瞬で払拭されていた。

よかった。

けれど安堵と共に訪れたのは、言い様のない苦い気分。

(俺、何してるんだろうな)

訳もなく自分に幻滅する。

陽介と一緒に昼休み宿題をする約束を交わしながら、朋也の心は今日の天気のように重く淀んでいた。

 

*****

 

 放課後。

HR終了と同時にカバンを掴み、おざなりの挨拶をして陽介は教室を飛び出した。

今日はジュネスでアルバイトがある。

千枝や雪子にはだから急ぐんだと告げた―――朋也にも。

昇降口で靴を履き替え、校門を飛び出して少し走ったところで、足を緩めながら腕時計で時刻を確認する。

(あと1時間)

フードコートでも行くかな。

呟いて、立ち止まった。

(俺、何してるんだろう)

―――今日一日、朋也は出会った当初のそっけなさで陽介を拒絶した。

多分傍から見ればいつもと同じバカ騒ぎをして楽しく過ごしている様だったろう。

けれど陽介にしか感じ取れない微妙な部分で、朋也は陽介を避けていた。

例えば目が合うたび視線を逸らされたり、当たり障りの無い話ばかり振られたり、触れようとすると、指先があとわずか届かない程度に体をそらされる。

(それってやっぱ、アレが理由だよなあ)

昨日の、バス停での。

陽介はため息一つ、トボトボと歩き出す。

いつだって許容されてきた存在から急にそっけなくされるとこんなに応えるもんなのかと切なくなる。

(黒沢)

昨日、一晩考えたけれど、結局答えは得られなかった。

ただ、後悔と自責の念ばかり溢れてきて、気付けば朝になっていた。

重い瞼を擦りつつ、その時始めて自分がいつの間にか眠っていた事に気付かされたのだった。

(野郎の事考えて寝不足だなんて、不毛だよなあ)

空に低く雲が垂れ込めている。

雨が近いのだろう、天気予報では金曜から崩れると報じていた。

(まあ、りせちーはもう大丈夫だし、心配事っていったら一つしか無いけど)

ふと顔を上げると、周りをたくさんの同じ制服を着た生徒達が歩いていた。

楽しそうに話をしたり、一人でいたり、誰もが各々の都合で生きている。

(そりゃ、当たり前の事だ)

陽介だって自分の都合が最優先だ。

だから気付けなかった、知ってしまったけれど、今度は急に不安になってしまった。

朋也との間に見えないガラスの壁一枚ある。

向こう側から優しく微笑みかけてくれる姿に、けれど、触れることはできない。

(黒沢)

―――俺はどうしたらいい?

(誰もあてにして無いような奴が、欲しがるものって一体何なんだ)

朋也は寂しそうだった。

世界中に自分ひとりしかいないような顔で笑っていた。

(どうにかしたい)

陽介は思う。

(どうすればいい?)

このまま、朋也から微妙な距離感を保ったまま接せられ続けるなんて耐えられない。

(けど、俺の腹が決まらなきゃ、俺達は多分これ以上前に進めない)

―――それは畢竟、朋也との関係が今以上発展しないという事だ。

(そんなのイヤだ)

肩から提げた鞄の紐を握り締める。

(俺、お前に触れたいよ、黒沢)

もっと傍に寄り添って、誰より、何より近くで、隣を独占したい。

そのためにはどうしたらいい?

爪先が蹴り飛ばした小石が近くの壁にあたって割れた。

鈍色の空を見上げながら、陽介は酷く思いつめた表情を浮かべていた。