雨の日の登下校は憂鬱だ。
(そうでなくても、最近ちょっと寝不足気味だってのに)
ふああ、と、傘の下で大きなあくびを漏らす。
鈍色の重たい雲が空を覆っていた。
話は7月7まで遡る。
それは多分、この先の人生においても、きっとずっと特別な意味を持ち続ける日。
花村陽介に特別な恋人ができた日。
しかも、それはまさかの同性だったりする。
我ながら頭おかしいんじゃないかとか、遂に血迷ったかなんて、戸惑ったりもしたけれど、結局は恋心のほうが勝ってしまった。
結果、想いのままに突き進み、お互いの気持ちの天秤に四苦八苦しながらも、どうにか目当てのハートを射止めて今に至る―――というわけだ。
俺、よくやったな。
つくづくそんな風に思う。
お相手の名前は黒沢朋也、見目麗しく才気溢れるいい男で、恐らく学校中の女子から狙われていた倍率の主が男の俺の恋人になってくれるなんて、これこそ奇跡だ、年内の運を使いきったかもしれない。
(一生とかまでは言いたくないなあ)
もっとも、この後もずっと傍にいてくれるなら、もしかしたらそれは一生分の運と引き換えなのかもしれないけれど、しかし実際の所どうなのだろう。
恋慕の愛で好きだと告げた陽介に、朋也はまだそういう意味で好きではないかもしれない、と答えた。
それでもいいなら気持ちを受け取らせて欲しいと言われた。
陽介はもういっぱいいっぱいで、朋也から貰えるものなら何でもいいと形振り構わず飛びついてしまった。
しかし落ち着いて見て、本当はどういう意味で告げられたのだろうと気になっている。
遠まわしにふられたのかもしれない。
(まさか、だって避けられてる感じしないし、前より確実に親密になってるもんよ)
―――でも、俺達は本当に、恋人同士になれた?のだろうか。
(まいったよなあ)
溜め息が漏れた。
このところ、一人になるとずっとこんな調子だ。
考えるほどに悪いほうにばかり思考が傾いてしまって嫌になる。
(まさか、朋也のヤツ、俺が告ったのガキの勘違い気味な親友宣言と勘違いしてんじゃねえだろうな)
中学生位の恋愛に極めて酷似した友情、とか。
(冗談じゃねえぞ!)
けれど違うと断言できるほどの自信も根拠も、はっきり言って全然無い。
怖くて本人には訊けない。
どうすりゃいいの、俺―――と、昨晩もベッドの上で散々身悶えた。
パタパタと変則的にビニール傘の表面で跳ねる雨の音が鬱陶しい。
鬱陶しいといえば、数日後に控えた期末試験だ。
この所ごたついてまともに試験勉強していなかったどころか、テストがある事自体忘れていた。
一学期末で赤点を取れば、容赦なしの夏休み補修確定だ。
そんなヒマねえぞ、俺は、この夏は朋也と遊び倒すんだ!
夏の思い出作りまくるんだ!
(だって、今年一年しかアイツいねえし)
改めてますます憂鬱になってしまった。
いずれ離れることが分かっている二人の間に、どれ程の絆を作れるのだろうか。
(はぁ、黒沢)
俺がこんなにお前の事でいっぱいなのに、お前は俺の事どれくらい考えてくれてるんだろうな―――恨み言めいた事を考える頭の端には、まだ解決していない事件の事や、数日前に殺された諸岡の事などが渦を巻いている。
(ぜーんぜん、すっきりしねえ、告白したら少しは変わるもんかと思ってたのに)
朋也の事、事件の事も、今の憂鬱な気分も全部。
「どうしたもんかな」
呟いた陽介の背後から。
「花村」
ビクリと肩が震えてしまった。
傘の縁から覗きこんできた優しげな眼差しと、少し様子を窺うような表情。
(う)
今日も、なんつー可愛らしさ。
男相手だってのに、畜生。
(あーもう!あーもう俺!俺アホ!アホー!)
あたふたする陽介を暫く眺めて、不意におかしそうに笑った。
男前な仕草のはずなのに、陽介には彼の回りに落ちる雨粒すらキラキラ輝いて見えてしまう。
可愛い。
男のクセに何でそんなに色っぽいんだ、何でそんな美人なんだ、なんでなんで、もー!
「おはよう」
「お、おは、よ」
頭をポカリと叩かれて、ようやく、少しだけ冷静になれた。
朋也はそんな陽介を呆れ顔で眺めながらどうしたんだなどと他人事のように聞いてくる。
(お前の事だよ!)
喉元まで来た言葉を飲み込み、苦笑いで誤魔化して、何でもないと陽介は答えた。
「ちょい寝不足でさ、なんかぼーっとしちまって」
「そうか」
朋也は肩に乗せた傘の芯骨をくるりと回しながら、もうすぐ期末だもんな、と呟く。
「勉強してたの?」
「え?あっ」
「―――違うみたいだな」
またも呆れた視線を向けられて、今度は少し胸にずきりと刺さった。
色々モヤモヤした気持ちをどうにか整理して口にしようとしている間に、朋也はフウと溜め息をつくと、なあ、と改めて陽介の顔を覗き込んできた。
「なら、一緒に勉強しないか?」
「え?」
「分からない所があったら教えてやるよ、今日はこんな天気だし、放課後時間あるか?」
「あ、うん、今日は別にバイトねーし」
「テスト前は働くな、学生の本分は勉強だろ?」
あからさまな顰め面で睨まれたというのに、陽介はそんな姿すら内心可愛いなあと見惚れてしまう。
(てか、朋也と放課後勉強?マジで?)
降って湧いた胸トキメくイベント、恋人と二人きりの勉強会。
「お、おう!」
答えた陽介にまた溜め息を吐くと、朋也は姿勢を戻して、歩く速度を上げた。
「じゃ、放課後図書室、苦手教科の教科書持って集合」
「え、え?」
陽介も慌てて後を追いかける。
(黒沢ん家で勉強じゃねーの?)
「なあ、ちょっと!」
傘越しに朋也の声が聞こえた。
「時間!遅刻!」
「ふぇ?」
慌てて確認した腕時計は、そろそろまずい時間を指し示そうとしていた。
「あ、あれ?」
「ちょっとのんびり話し過ぎたな、元々ギリギリだったから、もう急がないと間に合わなくなる」
「うわあ、てかお前!こんな時間に登校って珍しくね?」
「三人分の弁当作ってたら遅くなったんだよ!」
朋也の踵が水滴を弾く。
傘から滴った雨粒が腕に当たって落ちていく。
世界はやけにキラキラして、麻霞の中、陽介の胸の奥の方から込上げる思いと共に鼓動がトクトクと早いリズムを刻んでいた。
「弁当!」
反応した陽介の声を聞いて、チラリとこちらを振り返った朋也が軽く笑った。
「食わせてやるから、安心しろ!」
思わず目が潤んでしまう。
口元がだらしなく緩み、ニヤニヤ笑いと共に「よっしゃ」という掛け声が勝手に飛び出していた。
「なら!俺のジュネス弁当とはんぶんこな!」
「お前も大概愛社精神に溢れてるな」
「そんなんじゃねえっつーの!お前まで、俺とジュネスを結び付けんな!」
「ハハハ、悪い」
走る朋也の後を追いかける。
まるであちら側を探索しているときの様な状況に、陽介は密かに興奮して、今日の昼と放課後が待ちきれなくなっていた。
陽介視点なんで番長が異様に可愛らしいのは仕様です…