遊ぶ場所がなくて不便、そんな考え方をした事がない。
退屈は、潰そうと思えば幾らでも手段はあるし、それでもダメなら最悪寝るだけだ。
以前付き合っていた少女から「おじいちゃんみたい」と笑われたことがあった。
単に物事に頓着しないだけと自分では思っている。
『枯れてる』判定は非常に不本意だった。
とにかく、そういう事で、稲羽で間に合わない娯楽を補うかのように、電車で一時間ほどの場所にある沖奈市沖奈には大概のものが揃っているらしい。
陽介曰く「こっちではかなりの都会」との話、だが。
(これで、都会―――)
駅前の光景を眺めながら軽く溜め息を漏らす。
千枝や雪子もそういった感覚であるのなら、真実都会に行ったとき是非感想を聞いてみたい。
俺なんかよりずっと浦島太郎だろう。
「んー、ひっさびさだな、こういう空気!」
隣で陽介が大きく伸びをする。
そういった田舎くさい行為さえ、ここではあまり目立たない。
地方都市の恐ろしさを垣間見た気分だ。
「俺、ほら、アレだから、都会の香り漂うシティボーイだから」
朋也の視線に気付いたのか、振り返った陽介が弁明めいた台詞を口にする。
笑って「シティボーイ?」と切り返すと、若干照れた表情が頭を掻いた。
「いやぁ、だってさ、お前だって久々なんじゃないの?このゴミゴミした感じ、肺に悪そうな空気、無駄に急いでる奴等」
「まあ、見慣れた景色ではあるな」
「だろ?稲羽は何もねーからなあ―――イナカだけに」
ふと、目をあわす。
「―――って、俺、何かクマづいてきてない?」
「そういえば毛が」
手を伸ばして茶色の髪に触れた。
陽介の髪は多少猫っ毛で、触った感触が柔らかい。
「そう言えば洗顔フォームの泡立ちが!」
プッ。
「って、怖いこと言わすなよ!」
顔を見合わせて笑いあう。
―――思えば大分打ち解けたものだ。
(こういうノリは、得意だったんだけどな)
親の仕事の都合で転校、なんてことは幼い頃から何度かあった。
ここを訪れる前に引っ越した先での暮らしが一番長かっただろうか、しかし、その頃にはもう朋也は手のかからない年齢に育っていて、畢竟近所づきあいをする必要もなくなっていたから、学校やアルバイト先で知り合った知人友人以外に地元で特に親しい人間はいなかった。
環境に依存しない、のではなく、生活と環境が切り離されていたのだと、今頃になって気付かされた。
稲羽の人々は気安い。
名前も知らない、ただの通行人ですら、何の気なしに声をかけてくる。
いちいち答えていたら、いつの間にか膨大な数の人間に顔と名前を覚えられていた。
(かなり、ありえない)
上っ面だけの関係、そんな安易なものでない付き合いを、何故か多くの人から望まれている。
(その割に、皆は俺のことを知らないんだよな、多分)
こればかりは止むを得ない、稲羽に留まるのはたった一年間だけなのだから。
けれど手の内を明かさない狡さを『ミステリアス』の一言で片付けてしまう、彼らの度量も大雑把さも一級品だ。
呆れると同時に、稲羽の人々の気質の良さに、嘲っているわけでなく、朋也は素直な好意を感じ始めていた。
(こういうのもいわゆるひとつの田舎らしさなのかな)
まあ、それはいいとして、と呟きながら、隣で陽介が辺りをキョロキョロと見回している。
「これからどっか―――」
けたたましく響く電子音。
「うお!」
発信元は陽介だ。
自分の携帯電話を取り出して、「メールか」と液晶画面を覗き込んでいる。
―――時折、こういう場面で、内面の繊細さというか、要するに肝の小ささを垣間見せるのだ。
気付かれないようにこっそり笑う朋也の横で、陽介が表情を曇らせながら携帯電話を操作すると、再びポケットに突っ込んだ。
「また迷惑メール、アドレス知られてんのかね」
苦い顔のままこちらを振り返る。
「迷惑メール、すっげ来んの」
「アドレス変えたら?」
「んー、それはなぁ」
簡単な事だろう。
けれど、陽介の様子を窺うに、それは簡単なことではないらしい。
「俺、稲羽市に引っ越してくる前から、メルアド変えてないんだ」
(何故?)と目で促す朋也に、気まずげな視線が返す。
「一応、誰かからメールあるかも知んないし、電話はしにくいだろ?」
(確かに)
「わざわざ『アドレス変えました』って連絡するのもウザいじゃん」
―――そうだろうか?
「連絡する気ねーよ!って場合あるし」
そのままフェードアウトする言葉尻を聞き流しつつ、朋也は何となく事情を察した。
勘付かれたのだろうか。
はたと振り返った陽介が、急に慌てて身を乗り出してきた。
「あっ、何だよ、俺が友達いねーやつみたいに見んなよー!」
(バレた)
拗ねた口調が殊更おかしい。
それだと肯定したことにならないかと、次いで茶化してやろうかと思っている前で、陽介の表情がふと暗くなる。
「まー正直、前のトコのヤツらとは何話してたとか覚えてないし」
友だち、って言うと、何か微妙な感じだな。
台詞には、朋也も思うところがあった。
―――稲羽を訪れて時折感じていた違和感。
尤も、最近はかなり慣れてきたけれど。
(友だちの定義って、一体なんなんだろうな)
会って、話をして、楽しければ、もう『友達』だと考えていた。
それは今も変わらない。
しかしランク付けの様なものは確かに存在している。
俺のランキングに新しい項目が追加されつつあるのか。
項目の名前はまだわからない、寿司で言うところの特上とか、松とか、そういったポジションだ。
(とりあえず陽介は梅くらいいってる気がする)
気づいてもらえてないかもしれないけれど。
「俺には稲羽が似合ってるし」
腕を組んだ陽介が、空を眺めながら遠い目をしていた。
「それに、あそこでやるべきことがあるから」
振り返り笑う。
「これからも頑張ろうぜ、相棒!」
―――俺も、それなりにお前の事気に入ってるよ。
頷く事で返事に代える。
ちゃんと伝わっているだろうか?
こういうとき口下手は損だよなと少しだけ思う。
必要な言葉は紡げるけれど、ちょっとした場面での気遣いの台詞が易く出てこない。
自分で口にして、陽介は、勝手にエンジンがかかってしまったようだった。
「よし」
大きく頷いて「そうとなったら、もう帰るか?」
(ありえないだろ)
沖奈まで一体どれほど時間をかけて来たと思っているんだ。
目的地に着いて何もせずとんぼ返り、だなんて、有形無形を問わず無駄遣いもいいところだ。
激しく衝撃を受ける朋也に構わず、すっかりその気の陽介は鼻息を荒くしている。
「俺らがここにいる時、向こうで何か起きたらヤベーもんな!」
(それは、そうかもしれないけど)
「うっし、帰ろう!」
俺に否定権はないのか。
―――もっとも、留まったとして、この後楽しく過ごせる保証は既にない。
「ちっとオミヤゲ買ってから帰ろう!」
(ああ、もう)
やっぱり花村は結構強引な奴だ。
友人の評価を新たにしながら、駆け出す姿に小さく溜め息を漏らして、朋也も、止むを得ずを気付かれない自然さで後に続いた。