「あーいぼっ」

HR終了と同時に背中をつんつんと突付かれて、何だと振り返ると陽介がニコニコしている。

「今日なんか用事ある?」

「無い」

「じゃ、一緒に帰ろうぜ」

わかったと答えて鞄に荷物を詰め込んでいく。

後ろで同じ様に後ろでごそごそしている陽介と、様子を交互に眺めて、隣の席の千枝が「はあーっ」と妙な声をあげた。

「何?」

手を止めて振り返った朋也に、ううんと首を振り返す。

「仲いいなと思って、黒沢君って4月に転校してきたばっかだよね?」

「そうだな」

「今ってまだ6月中だよ、2ヶ月で花村も懐いたもんだよね」

「はぁ?」

今度は陽介だ。

顔を上げて、あからさまに不本意な表情を浮かべている。

「だってさあ、あんた、黒沢君みたいな友達他にいないじゃん」

「ちょ、おまっ」

「まあ、あたしらの関係って特別だし、わかる気ないでもないけどさ」

「―――ちょっと、里中さん」

「何?」

「ミョーな誤解されそうな言い方止めてくれません?俺、お前とそういう仲になった覚えないし」

「ギャ!?あ、あたしだってないわよ、バカ!」

千枝があんまり露骨に嫌がるものだから、朋也はつい声に出して笑ってしまった。

陽介が「相棒ぅ」と恨めしげな視線を向けてくる。

「あのな、お前だってひと括りだかんな?」

「別に、俺だったら里中と特別な関係になっても構わないよ」

「えっ」

「ばぁか、それこそ妙な誤解生みそうな言い方すんな、見ろ、里中その気になっちまったろ?」

「はあ!?」

促されてそちらを見る前に、千枝の座っている位置からガターンと物凄い音が屋内に響いた。

立ち上がる勢いに弾かれた椅子が倒れ、顔を真っ赤にした千枝が仁王立ちで全身をわななかせている。

「は、は、花村あ!」

息つく間もなく繰り出された強烈な一撃に、小気味いい音を立てて陽介の頭部が机に沈む。

まるでコントの様な展開。

呆気に取られていた朋也は、はたと自分達がクラス中の視線を集めている事に気がついた。

内心多少焦りつつ瞳を泳がせると、千枝の向こう側で固唾を呑んで見守っていた雪子と目が合う。

途端、雪子はふっと緊張を解いて、苦笑いを浮かべ、朋也に視線で促してきた。

(か、帰ろう)

立ち上がった朋也は半ば強引に撃沈された相棒の腕を肩に担ぎ、自分の鞄を持っている側の方に陽介の鞄を下げて、千枝と雪子に短い挨拶だけ告げて教室を逃げるように後にした。

 

 日の落ちる速度で季節を感じる。

そろそろ夕方に近い空は、薄く雲の垂れ込めた端が白く染まり始めている。

陽介は隣でしきりに頭をさすって、恨めしげな声を漏らしていた。

「うう、里中の奴、何も本気で殴ることねーだろ」

「あれは多分お前が悪い」

「なんでだよ」

「さあ」

相棒は冷たいなあと、拗ねた口調が足元の石を蹴り飛ばした。

時折吹き抜ける風が心地良い。

並んで歩く帰り道、どうにか復活を遂げた陽介と他愛の無い会話をしつつ、2人はジュネスに向かっていた。

陽介がフードコートで軽く食べて帰ろうと提案したからだ。

あの店に行けば謂れの無いトラブルに巻き込まれやすいくせに、何だかんだ言って結構気に入っているのかと思う。

(それとも、他の場所には行き辛い、とかか?)

稲羽で他に遊べそうな場所がないというのもあるだろう。

色々複雑な陽介の心中を慮って、仕方ないなと気付かれない程度のため息を漏らした。

しょぼくれていた陽介が「くろさわぁ」と甘えた声を出して朋也の肩に頭を摺り寄せてきた。

「里中に殴られたトコまだ痛い、なあ、こぶとかになってねえ?」

「どれ」

柔らかな髪の合間に指を差し込んで、さっき殴られていた辺りを探ってみる。

表面が熱を帯びて、多少腫れてきているようだった。

「うん、ちょっとたんこぶできてるな」

「うええ」

体を起こした陽介が、そのまま肩を落とした。

「明日里中に賠償してもらおう、惣菜大学のコロッケ買ってもらおう」

「お前の過失じゃ賠償責任は発生しないだろ」

「だからなんで俺が悪いんだよ!」

「さあ」

「さあって何だよ、さあって」

ちぇっと呟く姿に横顔で笑って、吹く風に乱れた前髪を朋也は手で押さえた。

「ん?」

振り返ると、陽介がボケッとこちらを見ている。

「あ、わ、えっと」

顔が赤い。

ソワソワして、不自然に視線を彷徨わせながら意味不明の言葉を短く繰り返す。

朋也は少し眉間を寄せて、内心首をひねっていた。

(―――こいつって、本当に時々よくわからない)

最近はこういうことが結構頻繁にある。

もっとも、陽介の挙動不審はオプションだろうと考える事にしたから、朋也は特に追求せず放っておいた。

そうしておけば、いずれ、普段の陽介に戻る。

今日もやはり思ったとおり、暫くして勝手に立ち直った陽介は、またニコニコと他愛ない話を始めた。

(里中はあんなふうに言っていたけど)

こいつは確かに自分に随分懐いたみたいだ。

(けど、俺が花村を理解するには、まだまだ時間がかかりそうだな)

稲羽に居る間にこっちも片付けられるといいんだけど。

ふと表情に出して笑ってしまって、何笑っているんだよと絡まれながら、朋也はスキンシップ過多気味の陽介を適当にいなしつつ歩いた。