ジュネスのフードコートは人の姿の途切れることが無い。

平日と休日で多少客層は違うものの、朋也と同程度の年齢層と親子連れは例外なく常時見かけた。

しかし、今日はいつもより人気なく感じる。

2人で適当なテーブルについて、陽介が「さーて、今日は何食う?」と朋也に声をかけてきたときだった。

(あ)

近付いてくる知っている顔に気がつく。

以前同じ場所で陽介に言いがかりをつけてきた少女たちだった。

相変わらず人相が悪いな、と、2人の姿を見て想った。

美醜の話をしているのではない、彼女たちは人並み程度の容姿をしているし、めかしこんでそれなりに身奇麗に見える。

けれど、心根から及ぶ雰囲気に関して、誤魔化しは利かない。

まして数度に渡りあんな姿を見せつけられては、心象も悪くなるというものだろう。

朋也の様子で気づいた陽介が振り返るのと、彼女達が背後に陣取って「花村ぁ」と威圧的な声で呼びかけたのは殆ど同時だった。

横顔しか見えない陽介は、僅かに表情を強張らせて、務めて冷静を心がけているようだった。

「―――今日は何すか?」

「なんでカズミは休めてウチらはダメなわけ?」

「は?」

虚を突かれた陽介の間の抜けた返事に、少女たちは僅かに苛立ちを募らせる。

「前にアンタに言ったじゃん!ウチら、土日はバイト入れないって!」

「だから断ったら、やっぱクビとか言われて、超意味分かんないんだけど!」

喧々轟々とがなりたてる2人に、陽介は困惑気味の表情を浮かべた。

「や、俺は一応、チーフに伝えましたけど」

そうして一呼吸置いて、「それよか先輩ら」と話を続ける。

「最近、無断欠勤とかしてないすか?」

少女たちの態度に明らかな動揺が見えた。

様子を窺っていた朋也は呆れてため息を漏らしていた。

(やられっぱなしって訳じゃないのか)

しかし他のバイトの勤怠まで聞かされている陽介にも呆れる。

これではちょっとした人事担当ではないか。

背負う陽介もどうかと思うが、一介の高校生に何をそれほど期待しているのかと、無責任なジュネス側にも多少腹が立った。

店長の息子、という肩書きに、どれ程の執行力があるというのだろう。

陽介が権威を振りかざすところを誰か見聞きしたり、何かしら被害を被った人間がいるのだろうか。

(馬鹿らしい)

痛い所を突かれた少女たちは案の定必死の反撃を試みる。

「あ、あれはたまたま忘れてて」

「てゆーか、それ今、関係ないでしょ!どうしてくれんのよ、デートあんだけど!」

「カズミだけ休めるとかさぁ、ヒイキしすぎだっつの!」

「つーかアンタさあ、早紀のこともヒイキしてたよね?」

朋也は、ハッと目を見開いた。

陽介も一瞬言葉を無くした様子だった。

その反応に脈ありと思ったのだろうか、二人は増長して言葉を重ねていく。

「―――え?」

「ゴマかしてもムダだからね!みんな知ってんだから!」

「アンタが早紀のこと好きで特別扱いしてたことくらい!」

―――真実そうなのだろうか?

(花村?)

陽介は結んでいた口元を強張らせながら開く。

「小西先輩のことは、関係無いんじゃないですか?」

「あるに決まってんじゃん!!」

少女のひとりが声高に叫んだ。

「どーせ、他の従業員にもヒイキさせるよう言ったんでしょ?」

「店長の息子だからって、何やってもいいワケ!?」

「で、早紀が死んだら今度はカズミってさぁ!言っとくけどあの子、彼氏いるし」

―――ふと気付く。

陽介の手が、強く握り締められている。

(花村)

「早紀だってイヤがってたよぉ!?そう言うの分かんないとか、マジウザすぎ!」

「ウチら、早紀から話聞いてるんだから!早紀ってああ見えて」

続く罵詈雑言にうんざりしてくる。

一体2人のどこから、それほど悪意に満ちた言葉が連ねられてくるのか。

彼女たちにそういった意識はないのかもしれない、誰かを傷つけている自覚すら無いのかもしれない。

それは許されない事だ。

何より一番腹立たしいのは、攻撃を受けているのが陽介だという事実だ。

(お前たちに何が分かる)

花村の何を知っているというんだ。

そして多分、小西早紀の何を知っているというんだ。

聞くに堪えない騒音に、朋也の中でついに何かの緒が切れた。

思わず立ち上がり、その物音で少女たちは朋也に意識を移す。

陽介もノロノロと振り返って血の気の引いた表情をこちらに向けた。

考える前に、朋也の口は少女たちに向けて強い口調で言い放っていた。

「やめろ」

腹の奥で渦巻いていた感情が噴出してくるのを感じる。

「小西先輩が可哀想だ」

今、朋也は明らかに怒っていた。

普段からあまり腹を立てたりしないから、感情をどの程度セーブできるか正直なところ自信が無い。

それでも、この怒りだけは外へ吐き出さずにはいられなかった。

静かに睨み据える先、2人は明らかな動揺を滲ませながら、それでも精一杯の牽制で「はぁ?」と顔を顰めて見せた。

「誰アンタ、バカじゃないの!?」

直後に物凄い音が上がる。

これと同じ音を少し前に聞いた、本日二度目のその音は、一度目より激しく大気を震わせた。

「黒沢のこと悪く言ってんじゃねーよ!」

座っていた椅子を跳ね除けて、猛然と立ち上がった陽介が怒りに全身を震わせながら咆える。

あまりの変貌振りに少女たちはすっかり気圧されてしまった様子だった。

「つか、うるっせえんだよ、お前らマジで!アンタらに小西先輩の何が分かんだよ!!」

―――周囲の人々の視線を感じる。

陽介が叫んだ事で、皮肉にも冷静さを取り戻した朋也は、成り行きを静観することにした。

第三者が口を挟むより、こういったことはやはり、当事者が思いの全てを吐き出すべきだ。

「あの人はな、アンタらみたいな中途半端な気持ちで仕事してなかったよ!適当に見えても、真面目だったよ!口は悪いけど優しかったよ!!」

先ほどまでの威勢はどこへやってしまったのか、二人は多少の恐れさえ滲ませて唖然と陽介を見ている。

「俺のこと嫌い?知ってんだよそんなの!」

(花村)

「もういねーよ!置いてかれてんだよ!」

(お前、そんなに)

「―――放っとけよ」

最後に小さく呟くと、陽介はようやく、口を閉じた。

途端ハッと我に返った少女たちは急にソワソワしながら「もう行こう」と言い合って、そそくさと去っていった。

項垂れて身じろぎすらしない陽介を、朋也は静かに見詰めている。

―――風が吹いた。

肩が小さく上下して、同時に微かなため息が聞えた。

「何か」

ぽつんと声が響く。

「意味分かんねーことグダグダ言っちった」

「―――悲しかったんだな」

陽介の体がビクンと大きく震えていた。

「ち、違う、俺はただ」

けれどそれ以上続かない。

黙り込む2人の間を夏風が渡っていく。

ハハッと乾いた笑いが聞えて、俯いていた顔を上げると、間を置いて、くるりと振り返った陽介が肩を竦めて見せる。

「ったく、またお前にみっともないとこ見られちまった」

朋也は微笑み返していた。

胸の内を吐き出して幾らかスッキリできたのだろうか、陽介の表情は僅かに晴れ晴れしく、頬が少し赤い。

「けど、サンキュ、黒沢」

「ん?」

「さっきあの人らに言ってくれたの―――嬉しかった」

朋也は首を振る。

―――余計な事をしたとは思っていない。

けれど、先ほどの行動が明らかに自分らしくない事だと自覚があった。

あんなに怒ったのは久しぶりだ。

陽介のためというより、自分のためにした事だから、礼を言ってくれる必要なんか無い。

それでも陽介は嬉しそうに笑っている。

伝わる気持ちに心の距離が近づいたように思う。

陽介は間を置いて、小さく嘆息すると、急に首をぶるぶると振った。

「あぁ〜」

イヤだけど、イヤだけど、親父んとこ行ってくる。

「あの二人、このまま辞めちゃうだろうし―――報告して、謝んねーとな」

(どうして)

咄嗟に口に出かけた言葉を朋也は飲み込んだ。

(確かに売られた喧嘩を買ったようなものだけれど)

それは陽介が気にかけることだろうか。

2人は色々問題のある従業員であったようだし、これが切欠で退職という流れになってもジュネスは何ら不利益を被ることなど無いんじゃないのか。

(もっとも、俺に内情はわからないからな)

慢性的な人手不足に悩んでいるような節もあるから、あんな人材でも惜しいのかもしれない。

それでもやはり陽介が詫びるべき点は何一つ無いと思う。

店長である父親にわざわざ頭を下げてくるという、それは陽介なりの責任感からだろう。

(馬鹿なヤツ)

呼び止める気も起きなくて、掴み寄せた鞄を肩に下げて行こうとする姿をただ見送った。

不意に立ち止まった陽介は空を見上げる。

「何だろうな、俺、何がしたいんだろ」

曇り空は西の端から茜色が滲み出している。

「よく分かんねーよ、自分のことなのに」

朋也も同じ様に空を見上げていた。

陽介の心中に思いを馳せて、遠い光に目を細くする。

「悪い、また今度な、黒沢」

視線を戻すと振り返らない背中が見えなくなるまで見送り続けた。

そして朋也は、無意識に握り締めていた掌に気がついた。

(俺も、何がしたいんだろう)

鞄に手を伸ばす。

(自分のことなのに、どうしてわからないんだろう)

上の空の心に陽介のことばかり浮かんでしまい、家に帰りつくまでの間、遂に憂鬱な気持ちが晴れることはなかった。