(ああいう事するタイプじゃねーと思ってたんだけど)

昼間の出来事が甦る。

自室のベッドに寝転がりながら、陽介はぼんやり天井を眺めていた。

夕方のフードコートでの出来事。

いきなり立ち上がった朋也が、見たことの無い表情で「黙れ」と凄んでいた。

「小西先輩が可哀想だ」とも言ってくれた。

(あれってどういう意味なんかな)

―――稲羽を訪れて、朋也が先輩と言葉を交わしたのはたった一度きり。

それも他愛の無い世間話で、お互い知り合うほどでもない。

それなのに朋也は怒り、まるで自分の事のように反論していた。

(俺が)

陽介は思う。

(俺のため、だったりしたのかな、もしかして)

そうなのかもしれない。

朋也は基本あまり他人との距離を縮めたがらない。

それは多分、深入りする事で自分の領域を乱されたくない気持ちがあるからだろう。

陽介にはわかるような、わからないような、複雑な感覚だ。

自分も知らない誰かと触れ合うことは多少苦手だけれど、知ってしまったら、理解してしまえば、もっと深くまで繋がりあって色々なものを共有したくなってしまう。

(そういうのアイツには無いみたいなんだよな)

多分どれ程親しくてもスタイルに大差ないに違いない。

だから朋也は人事に口を挟まないし、自分の感情的な話もあまりしたがらない。

春から続いている事件にしたって、仲間内の誰よりも冷静な目で捉えている感がある。

しかし陽介は朋也が心の冷たい人間とは微塵も思っていなかった。

むしろ優しいからこそ距離を取ろうとするのだろう。

近づきすぎず、触れすぎず、丁度いい関係を心がける。

そんな朋也が怒りを露にして感情のままに言葉を発することもあるのだと、思いもよらなかった。

(俺の片思いじゃなかったって事なのかな、もしかして)

陽介は、朋也の心を垣間見たような気がしていた。

(でもやっぱり勘違いかもしれない)

枕を抱えてごろりと転がる。

(アイツは優しいから、言われっぱなしの俺見て放ってられなかっただけかも)

自分だって、何も好き好んで言われ放題に甘んじているわけではない。

ただ無闇に足掻いたところで稲羽の住民から受ける謂れの無い非難や冷遇は変わり様もないだろうし、些細なことでももし自分が何か問題を起こせば、そこに幾らでも付け込まれて両親に被害が及ぶだろうと考えるまでもなく理解していたから、あえて我慢を選択していただけの事だ。

俺だけ堪えたら、好きな人が傷付けられることはない。

別に大層な主義主張や、妙な正義感からではなく、それは陽介にとっての『当たり前』だった。

(けど、そういうのが奴の癇に障ったんかな)

ならば詫びるべきなのだろうか。

それも違うと思う。

事情を聞いた父親は苦笑いで「仕方ないな」と陽介の頭を子供にするように撫でた。

途端、何故かわからないが朋也の事を思い出していた。

いつか同じ様に慰められた覚えがある。

(そんな事ねーのに)

変だよな、俺。

とりあえず今件に関してはお咎め無しと父親は言ってくれたけれど、陽介は一応、ジュネスの全従業員が眼にする日報に事の顛末とお詫びを書いておいた。

(同性に惚れてるってだけで十分変か)

花村陽介にとって、黒沢朋也という存在は特別な意味を持つ。

けれど、それを最初恋愛感情と思って悶々としていた陽介は、最近自分の気持ちに疑いを抱きつつあった。

(あいつの傍に居ると、安心して、嬉しくて、楽しくて、それだけでなんか妙に幸せで、だから俺は男が好きになったもんかとばかり思っていたんだけど)

瑣末な問題はすぐ吹き飛んでいた、同性だろうと関係ない、好きなもんは好きだ、気持ちは止められない。

それからは朋也の一言一挙手にいちいち過剰に反応してドキドキしたり切なくなったりしていたけれど、そういった全てが真実朋也に対する恋慕によるものなのか、今は微妙によくわからない。

(普通、逆だよな)

反対側に転がった。

(依存してんだろうか、俺)

あまり考えたくは無いが。

(先輩が居なくなって、俺の味方が誰も居なくなって、そんな時あいつが傍に居てくれたから)

先輩以外で陽介を無条件に肯定してくれたのは朋也だけだ。

転校生だから先入観がなかったというのもあるのだろう、それでも『あちら側』で見せた弱くて醜い部分も含めてありのまま全て受け入れてくれたというのなら、それは朋也以外居ない。

彼を通じて陽介の世界は広がり続けている。

もしも朋也が傍にいてくれなければ、これほど早く立ち直れなかっただろうし、色々考えもしなかった。

全部朋也がくれた。

そんな朋也を好きになるのは当然だ。

(だからこそ、俺は、本当にアイツに惚れてんのかよくわかんない)

恋をしている自分に自信が持てない。

朋也は俺の事をどう思っているんだろうか。

「あーっ、もう」

仰向けに転がると、枕を顔面にバフッと押し付けた。

ぐるぐる、ぐるぐる、堂々巡りは果てなく続く。

(そもそも俺、何でこんな風に考えるようになっちゃったんだろ)

単純に朋也が好きだと盛り上がっていた時の方が余程楽だった。

沸き起こる性的な欲求や何かを妄想で処理していた頃は、今よりずっと気が楽だった。

(黒沢)

瞼の裏に優しい笑みが甦る。

(俺、お前のこと本当に好きだよ)

強い想いは変わりない。

(でもどういう好きなのか分かんなくなった)

今でもキスしたいと思っているけれど。

(本当は惚れてんのかな、それとも寄っかかりたいだけなのかな)

ウザイ。

枕から目だけ覗かせて天井を眺めた。

(こんなウゼー事ばっか考えてたら、マジでアイツに嫌われちまう)

改めて、枕を腕に抱きこんで、ため息を漏らしながら横向きにごろりと転がって目を閉じた。

そうするとやはり朋也のことばかり考えてしまって、女々しい自分に陽介はもう一度ため息を漏らしていた。