―――という、夢を見た。

目覚めた直後、暖房は弱めにしてあったにも拘らず、全身汗だくになっていた。

朋也はのろのろと布団から抜け出し、階段を下りて、風呂場へ向かった。

誰もいない居間。

自分以外人の気配のしない家。

着ていた物を全て脱ぎ、浴場で温かな湯を浴びて、漸く体が冷たくなっていた事に気がついた。

足元からジワジワと這い登ってくる恐怖に全身を凝らせる。

―――恐ろしかった。

夢の内容の事じゃない、それも勿論怖かったけれど。

―――死んでしまった菜々子、暴走する仲間たち、そして。

(何より、俺の中に、あんな暗い感情があったなんて)

 

一人は慣れている。

以前の暮らしに戻ったような手際の良さで、風呂を出て、頭を乾かし、身支度を整える間、ずっと考えていた。

12月3日。

今日も相変わらず外は真っ白な霧に覆われている―――

 

*****

朝食の支度が整ったところで玄関のチャイムが鳴り、誰だろうと出てみると、白濁とした背景を背に陽介が立っていた。

「よう!」

おはよ、と答える手前、胸が一瞬ドキリと震える。

目の前の姿はいつも通り和やかで、けれど多少の不安も混ざっているように感じられた。

「すっごい霧だな、お前ん家来るまで結構危なかった」

「迎えに来てくれたのか?」

「まーな、一緒にガッコ行こうぜ!」

お、いい匂い、と家の中に鼻を突き出す陽介に、朋也は苦笑いしながら少し上がっていかないかと誘いかける。

「今から朝飯食べるところだったんだ、もう一人分くらいならすぐ作れるから、お前も付き合えよ」

「やった!ヘヘ、実は今朝まだ野菜ジュース一杯しか飲んでなくってさあ」

どうして、と、家に上げた陽介を連れて歩きながら朋也は問いかける。

「うん」

卓に着きながら陽介は答えた。

「いや、稲羽の毒霧情報流れ出してすぐな、うちの母さん、以前応募してた雑誌の懸賞に当選しやがって」

「懸賞?」

「そ」

フライパンで調理を始めた朋也の視界の端で、陽介は朋也の朝食のベーコンを一枚攫って口に入れていた。

「白銀の世界を満喫、七泊八日東北横断湯煙グルメツアー」

「凄いな」

「だろ?費用は集合場所までの交通費と個人の諸雑費のみ、後は全部懸賞元持ちのスペシャルツアー、引き止められるもんかよ、昨日容赦なく出て行っちまったよ」

「親父さんは?」

「ジュネスに詰めっぱなし、今日は昼までクマも応援、親父はもう何日も家に戻ってないし、クマと二人暮しみたいで気分悪いったらねーっての、どうせならお前と二人がいいよな、こんな風にうまい飯も作って貰えるしさあ」

飯だけか、と苦笑いと共に、陽介の前にスクランブルエッグとベーコンを皿に盛り付けたものを出した。

追加のトーストも焼けて、朋也もやっと再び席に戻る。

「まあ、他にも色々、都合がいいっていうか」

「なら、陽介、時々泊まりに来てくれよ」

「ん、寂しいんか?」

「結構」

暫く朋也を見詰めていた鳶色の瞳が、急に腕を伸ばして髪をくしゃくしゃと撫で回す。

「了解」

ニコリと笑って席に着いた陽介に、朋也は「髪が乱れたじゃないか」と文句をつけておいた。

―――心が不安定に揺れている。

(どうして)

理由の見当は付いていた。

(今朝の夢だ)

怖かった。

抱えきれないほどの闇に遂に飲み込まれてしまった自分が。

目の前のこの男すら信じられなくなって、望んで混沌に身を委ねた心が。

(俺は、誰より俺自身が信じられない)

今は特に。

菜々子と叔父を傷つけられて以来、どこか落ち着かないような気分がずっと続いている。

暢気な顔でトーストを齧っていた陽介が、不意にじっと朋也を見詰めて、どうした、と尋ねてきた。

「え?」

「顔色悪い、何かあった?」

「別に」

「そっか」

トーストを齧る。

「―――今日でさ、期末終わりだろ?」

「ああ」

「したらさ、放課後、病院行ってみないか」

朋也は陽介の目を見て、そしてフッと微笑んだ。

「有難う」

照れた顔が赤く染まった頬を指先で掻いてトーストをパクつく。

二人は朝食を摂りながら、今日のテストの事など少し話した。

食事を済ませ、食器を洗い場の桶につけて、家を出る直前、玄関で靴を履く朋也を待っていた陽介から「なあ」と呼びかけられる。

顔を上げた朋也の肩に手をかけて、唇がそっと重ねられた。

「―――朋也、好きだよ」

「陽介」

「俺、お前のために何でもしてやりたい、お前のためだったら、何でも出来る気がする」

「そう」

「ハハ、相変わらずそっけねえのな」

起き上がりながら陽介は笑う。

靴を履き終えて立ち上がった朋也の背中を軽く数回叩いた。

「大丈夫だって!」

家の外は、数メートル先も見えない程の濃霧。

陽介が振り返って朋也を見詰める。

「俺にはお前がいて、お前には俺がいる、俺達は多分似てるんだ、だからさ、お前一人不安になる事ないよ、そういうのはさ、全部俺が半分持つから」

「俺とお前が、似てる?」

「ああ」

暫く無言の後、陽介が「何だよ」と呟いて不満を顔一杯に表すものだから、朋也は思わず声に出して笑ってしまった。

「おいっ」

「そういうのは、もっと日頃の言動を改めてから言うべきじゃないかな」

「なんだとー!」

このやろ、と小突かれながら、玄関を出た朋也は改めて辺りを見渡した。

―――こんな世界では、何が本当で、何が嘘か。

(本当に見失ってしまいそうだ)

不意に手を取られた。

振り返って僅かに睨み付けると、どうせ見えないよ、と、苦笑いが返ってきた。

「お前の傍には俺がいる、俺がいつでもお前を見てる、だから、忘れるなよ朋也、俺はここにいるからな」

有難う。

陽介の心が素直に嬉しいと思う、けれど。

(でも、それは若干―――怖い)

優しく微笑みかけてくる陽介は、ためらう朋也を強引に引き寄せて、玄関先で登校前にもう一度だけキスをした。