テストも終わり、新たに浮かび上がった疑問を仲間達と話し合った後、多少のわだかまりを抱えたまま朋也はジュネスの家電売り場にいた。

生田目はもしかしたら法の裁きを逃れるかもしれない。

(それは、多少考えていた)

そもそもがまともでない事件、本人が心神耗弱状態である以上、立件に扱ぎつけるのはかなり難しいだろう。

生田目は障害者の烙印を押されて放逐、なんて展開は十分に予測できる。

(まあ、現状日本国家に於いて、それは社会的地位を失墜させるに足るだけの意味を持つけれど)

忌むべき現実、けれど今回に限っては好ましいと見るべきなのかもしれない。

(でも、それだけじゃ納得できないんだろう?)

傍らで売り場員よろしく、丁寧に商品説明をしてくれる陽介の横顔を見詰めた。

話の最中、一番憤っていたのは陽介だった。

無理もない、あいつは小西早紀を殺した犯人を心底憎んでいる。

(それが生田目だっていうなら、お前はきっと、奴を許せないんだろう)

殺してしまいたいほどに―――朋也の鼓動が不意に早く鳴り出す。

(今朝の夢)

あれは一体何だったのだろう。

やたらリアルな感触がまだ掌に残っている。

今朝からの不安が一向に薄れないどころか、逆に膨らみ続けているような気がする。

ふと、陽介の様子がおかしくて、視線の先を追って見ると、項垂れたクマの姿を見つけた。

―――クマも不安を抱えているらしい。

仲間たちがあやすように語りかけている。

朋也も、いっそ家に来いと呼びかけた。

僅かに表情の晴れたクマを交えた仲間達とで他愛ない話をして、仄暗い恐れが薄まったような気がしていた、その時だった。

 

携帯電話が鳴った。

 

画面に表示された叔父の名前を見て、嫌な予感が群雲のように湧き上がっていた。

電話に出ると、掛けてきたのは何故か足立で、どこか妙な雰囲気でもったいぶったように告げてきた。

 

菜々子の容態が急変した、と。

 

*****

(暗い)

夜の闇はこんなにも深かっただろうか。

(寒い)

開かれた窓から12月の寒気が容赦なく吹き込んでくる。

そのすぐ傍で震えている生田目は、凍えているのだろうか、それとも別の理由なのか。

頭の芯が研ぎ澄まされたナイフの刃先のように冷え冷えとしていて、なのに鼓動は狂ったようなリズムを刻み続けている。

(寒い)

体が、心が。

(―――怖い)

何だこれは。

これは、まるで―――あの悪夢そのままの光景じゃないか。

 

足立から連絡を受けた直後、向かった先の病院は不安と恐れが渦を巻いていた。

その場に居るだけで中てられて正気を失ってしまいそうな混乱。

人々の怒りに満ちた声、悲しみ、嘆く姿と絶望。

(嫌だ)

負の連鎖。

数多の恐怖が心に闇を呼び込もうとする。

(こんな場所に菜々子を置いておきたくない)

苦しみ、息も絶え絶えの幼い姿は、忍び寄ってくる何かに必死で抗おうとしていた。

そうして朋也に微かな声で怖いと告げて―――動かなくなった。

足元が崩れ落ちていくような悲しみ。

絶望に一瞬呼吸を止めて、何も見えない、何も感じない―――刹那、甦った記憶。

菜々子の死。

その直後、りせの声が部屋の外から聞こえて―――

「先輩!先輩っ!!」

朋也の全身がビクリと震えた。

(何だこれは)

背後に、目の届かない闇に、気配が在る。

(何かが俺を見ている)

菜々子の手をそっとベッドに返す。

(誰だ)

立ち上がり、病室の外に駆け出していく。

待ち構えていたりせが、叔父が生田目の病室に向かったと告げてきた。

(やっぱり)

理屈など知らない、何故かは解らない、けれど。

(これは、今朝の夢)

まるで現実味を伴わない状況―――けれど朋也の知っていた現実の定義は既に今年の春に消滅している。

バタバタと走り出す仲間たち、病室の前で警備員と揉み合う叔父の姿、そして。

白い扉を開く。

漆黒の屋内で翻るカーテン、開かれた窓。

その手前で怯えた表情を浮かべながらへたり込んでいる病院着姿の生田目。

(ああ)

―――間違えてはいけない。

天啓のように言葉が浮かんだ。

(俺だけは折れてはいけない)

たとえ、どれだけ苦しく、辛く、やりきれない思いだとしても。

(ここでの選択が、全てを決める)

指先が微かに震えていた。

目を瞑り横たわる菜々子の姿が胸を引き裂く痛みと共に脳裏に甦ってきた。

(違えるな)

それでも俺は。

(信じるんだ)

今の―――仲間たちの、陽介の精神はまともじゃない。

闇に踏み出していく。

咎人は恐怖に震え、怯えた目をしてこちらを凝視していた。

―――殺してしまおうか。

脳裏で甘い囁きをする声がある。

 

(そんな事をしてどうなる、菜々子が戻るのか、喜ぶのか)

 

 

グッと奥歯を噛み締めた。

―――道を正さなければ。

感情に蓋をして、想いの全てを閉ざして、真実のみに耳を済ませる。

暗闇の向こうで咎めるような眼差しを向ける陽介の姿がただ―――悲しかった。