
マヒルノカオス
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■日記で殴り書きしてたあれこれです、ある程度堪ったらこうして纏めていく予定。
其の2
■8/12
カタン。
小さな物音に、気付いた声が呼びかけてくる。
「どこに行くつもり?」
緊張した面持ちで振り返った朋也を、暗がりの奥で薄く微笑みながら陽介が見詰めていた。
「外出していいって言ったっけ?」
「花村」
「やめろよ、その呼び方、他人行儀で反吐が出る」
つかつかと歩み寄ってきた姿が乱雑に腕を捕まえた。
「どこにも行かせないって、言ってるだろ」
改めて陽介と向き合った朋也は「なあ陽介」と困り果てた表情で続ける。
「お前、どうかしてる、そんなに俺が信用できない?」
「信じる信じないの問題じゃない、ここから出るなって言ってるんだ」
「そんな強制通用すると思っているのか?」
「するさ」
「お前が何考えてるのか分からない」
「お前の事だけ考えてるよ、朋也」
「違う、そうじゃないだろ」
違わない。
答えて陽介は笑った。
―――理性ならとっくの昔に壊れてしまったから。
「なら、出て行く?俺を捨てて、どこかの、誰かのところに行く?」
けど、そんなことしたら、お前は一生後悔する事になるよ。
薄い刃を自分の首筋に押し付ける陽介に、朋也は瞳を眇めて、そのまま背けた。
(また、これか)
「―――お前はズルイ、陽介」
「なんとでも言えよ」
「いい加減にしてくれ、自分を盾にするなんて」
「俺はお前を信じてるんだ」
「俺の何を信じてるって言うんだ」
「俺への愛情」
そんなもの、と、朋也は思う。
(俺はお前を好きだ、けど、お前は俺を好きじゃない)
「どこへでも行けよ、朋也、けど、お前が俺を捨てたら、俺は」
言葉の途中を「やめてくれ」と苦しげな声が遮った。
そのまま傍らをすり抜けて戻っていく背中に、振り向きながら陽介は泣き出しそうな視線を送る。
―――本当は、こんな事をしたって、朋也をただ傷つけるだけと知っている。
(けど、俺は、他にお前を繋ぎとめておく方法がわからないから)
誹ればいい、憎んでくれてもいい。
どこにも行かせず、誰にも奪わせず、愛しいお前をずっと引き留めておくためなら。
(なんだってしてやるさ、俺は)
再び椅子に腰掛けた朋也は、頭を抱えるようにして項垂れていた。
陽介は背後に忍び寄り、背凭れ越しの苦しげな姿を強く抱きしめる。
(―――ずっと俺だけ見ていて)
真鋼の刃の切っ先に宿るような月光がカーテンの隙間から細く足元に投げかけられていた。
寄り添う手段もわからない二人は、互いに冷たい情念の縛鎖でその身と心を絡めて繋ぐ―――
*****
■8/16
腕を振り上げる。
握り締めたグリップが汗で滑ることさえ構わず、力の限り振り下ろす。
小気味いい音を立ててガラスが砕けた。
「あはははは!」
取り押さえようと群がる人々。
(近寄ンな、ざけンな、舐めンな、邪魔すンな)
遠心力で脅しをかける。
「くたばれええええッ」
両手で握り締めた聖なる武器、エクスカリバー
どうにもならない現実をぶち壊すための剣。
最初にして最後の聖戦。
今宵限りの一夜の宴。
(ぶッ壊してやる!)
このくだらない世界も、現実も、人々も、自分も、何もかも。
―――民主主義の犬どもが到着するまで後どのくらい残ってる?
(行け、リミッター解除、出力全開、全門解放、一斉射撃!)
踊るように、舞うように、華麗に無敵、素敵に感激。
釘バットを握り締めて稲羽の商店街を舞台に破壊の限りを尽す陽介を遠くで見守る麗しい影。
(ああ)
その、憂いに満ちた眼差しに、儚い憧憬と甘い羨望を覚える。
(俺も、お前みたいなら、よかったのに)
近づいてきた人影をバットで殴り倒した。
男を殴り、女を殴り、子供も、老人も、問わず構わず、邪魔するモノ全て薙ぎ倒していく。
(それでも)
美しい人が手を差し伸べている―――
あの腕に抱かれたなら、どれほどの夢見心地が味わえるのだろうか。
―――朋也。
「っていう夢を見たんだけどな」
「陽介、多分お前疲れてるよ」
「やっぱそう思う?」
「うん」
「だよなーそうだよなー」
「まあ、大した事はできないけれど、相談くらいなら乗ってやってもいい」
「何気に上から目線だな相棒―――じゃあ俺は、そんなお前の善意に甘えて、お前の上に乗ってやってもいい」
「死ね!」
ガスッ
*****
■8/20
薄暗い空間。
二つの影が重なり合う。
足元に転がされた陽介は、縄で縛られ、猿轡をかまされて。
その、頭部に靴底を押し付けて、静かに見下ろす黒い影。
「―――前に、言ったことあるような気がするんだけど」
必死の形相で懇願するように呻き、悶える陽介を、
見下ろす氷点下の瞳に平素の彼の片鱗すら窺うことはできない。
灰青色の奥底で燃え盛る黒い炎―――
「俺を裏切ったら許さないって」
ウソツキは嫌いなんだ。
柔らかく微笑む姿は、陽介の愛している彼そのもの。
だからこそ背筋が凍りつくほど恐ろしい。
(何で)
どうして?
「―――さて」
どうしようか陽介?
どこがいい?
どこからがいい?
「決めさせてやるよ、まだ、お前の事はそれなりに好きだから」
怨嗟で煌めく白銀の刃。
薄闇を赤く染め上げたとしても、多分彼は思い出を悲しい出来事としか捉えない。
怒りと憎悪で編まれた狂気が理性を眩ませているから―――
極めて独善的な、単なる制裁措置。
「死なない程度によく覚えこませてやる、それでも―――俺は許さないけどな」
*****
■8/22
「まさか、こんなことになるなんて、ね」
口の端を伝う血の味を拭い捨てる。
目の前の光景を信じたくないと叫ぶ心を凍らせる。
小さな羽根を生やした、異形の巨人。
(天使のつもりか)
頭上に浮かぶ巨大なアンテナ。
あんなもので人心を操ろうだなんて、馬鹿にするにも程がある。
朋也は興味なく視線を逸らし、むしろ足元で自分と対峙している見知った面々を一人ずつ見渡した。
天城。
里中。
そして―――
(あれだけ妄信的に愛を捧げておいて)
お前だけと囁いた唇、眩むほど見詰めていた瞳、そして、朋也の奥深くまで探り求めたその手をもって
(俺に傷を付けるつもりなのか)
グッと剣の柄を握り締める。
ためらいもなく切っ先を定め、レンズ越しの双眸に炎を宿す。
(心変わりするなんて)
―――それは強引なマインドジャック。
けれど関係ない、どうでもいい、そんなもの撥ね退けて欲しかった。
暗い瞳で佇む陽介。
虚ろを浮かべた奥底に妄執と狂気を滾らせて、感情のない眼差しで朋也を凝視している。
途端、腹の底を突き上げるように、冷たい怒りが満ちてきた。
「生意気だな、陽介」
俺の心変わりなら許される。
けど
「お前の心変わりなんて絶対に許さない」
端正な口の端が歪に歪んだ。
「俺より化け物の方が具合がいいっていうなら、お望みどおり纏めて切り捨ててやるよ」
操られているのは果たしてどちらか。
―――身の内に潜む狂気が怪しく揺れる。
「さあ」
巨人に示され、陽介が走り出した。
ある意味一途とも取れるような執心ぶりで襲い掛かってくる。
両手に握られた抜き身の刃。
朋也も靴底を蹴りつける。
「命の残っているうちに戻ってこい、陽介」
掲げあった凶器は七色の光を跳ね返し、偽りの楽園に情念の赤い雨を散らせる。
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