マヒルノカオス 戻る
■日記で殴り書きしてたあれこれです、ある程度堪ったらこうして纏めていく予定。
其の1
■8/23

少し離れた場所に座る横顔をずっと見ている。
図書館の静けさは苦手で、けれどあいつがいるから、つい足を運んでしまう。

(真剣な顔)

難しそうな分厚い本。
表紙に星の写真が乗っていた。
前も読んでいたことのある本だ、天文学か何かの洋書。
こっそり開いてすぐ閉じた。
そもそも何が書いてあるのかすらわからなかった。

―――いつもは、あんな近くにいるのに。

(ホントは凄く遠い)

まるで夜空に浮かぶ月のよう。
いつだってそこにあって。
手を伸ばせば届きそうで。
優しい輝きは、けれど皆に等しく降り注いで。

―――そんなの嫌だ。

俯いて鼻を啜った。
この部屋は静かだから、些細な音でも凄く響く。
慌てて顔を背けると、早く打つ胸を押さえながら、気付かれなかったか窺った。

月の横顔は、静かに本を読んでいる。

(ああ)

傍に行きたい。
あの月に触れたい。
優しい微笑を、温かな声を、独り占めしてしまいたい。

―――何十年かにたった一瞬巡り合うまでの間、太陽はどんな想いで遠い横顔を見詰め続けるんだろう。

(届かない)

振り返らない横顔。
焦がれているだけ、手も伸ばせない臆病な太陽。
一年なんかじゃ全然足りない。

情けなくて、鼻の奥がつんとして、卓上に組んだ腕に顔を伏せた。

月はただ巡るだけ。
夜が明ければ、春が来れば、いなくなってしまう。
触れられない、捕まえられない。
ならばせめて―――胸を焦がすこの痛みすら、眩しい思い出に変わるように。

そっと顔を上げる。
見えているよりずっと遠い。

振り向かない月を、それでも太陽は見詰め続ける―――


*****
■8/24

テーブルの前に腰を下ろして、窓ガラス越しの空をボンヤリ眺めていたら、後ろからいきなり抱きしめられた。
何?何?何事と、内心オロオロ慌てふためく。

「黒沢?」

肩に回された腕。
ギュッと抱きしめてくる温もり。
視界の端に映るダークグレイの髪。
吐息。

頬が仄かに熱くなる。
外はうららかに晴れ上がり、退屈だからどこか行こうと言い出す手前だった。

「―――どーしたの?」

ん。

「退屈だったから―――」


*****
■8/31

すぐ後ろにあるはずの背中に背中を預ける。
僅かに沈み込んで、ゆっくり返される。
そのまま、今度は頭を倒してゴロゴロ押し付けると、何?と尋ねられた。

「んーん」

見上げる天井。
まったりとした午後。
陽介はボンヤリ木目を眺める。

「花村、重い」
「えへへ」

小さな溜息。
―――こうしたスキンシップはいつもの事だから、相棒は構うことなく雑誌を読みふけっている。

「なーあいぼー」
「ん?」
「それ、面白ぃ?」
「別に」
「そっか」

ごろごろ。

「鬱陶しいよ、いい加減止めろ」
「えー」

ごろん。

右に転がって、そのまま体を反転させて、朋也の背中に抱きついた。

「ともやーぁ!」

伸びてきた手が陽介の頭を『よしよし』と撫でる。

「好きッ」
「うん」
「なぁ、チューしていー?」
「どうぞ」

ちゅ、ちゅと頬や首筋にキスされながら、それでも雑誌を読みふけっている相棒。
いつもの光景―――
勢い付いてぐいぐい押し倒そうとしたら、今度こそ睨まれてしまった。
「えへ」
思わず咄嗟の苦笑い。
朋也はフーッと溜息を漏らす。

「―――暇なら、散歩にでも連れて行ってやろうか?」
「犬じゃねッつーの!」


*****
■9/11(主直)

廊下を歩く。
ふと前を見る。

(あッ)

階上に向かおうとする背の高い姿―――

「先輩!」

何の気なしに声が出て、気付けば足が駆け出していた。
振り返った姿が立ち止まる。
背筋の伸びたきれいな姿勢、凛とした雰囲気、静かな眼差し。
それらがフワリと和らいで、直斗に優しい笑顔を向ける。

「よう」
「どちらに行かれるんですか?」
「図書室」

片手に持った本。
直斗は思わず身を乗り出していた。

「それ、僕も先日読みました」

そう?
小首を傾げるようにして返された。

「面白いですよね」
「うん、続きが読みたくなったよ」
「僕持っていますよ、貸しましょうか?」
「いいの?」
「勿論」

ありがとう。

そうして伸びてきた腕。
大きな掌が帽子の上から頭をポンポンと叩く。

―――何となくくすぐったくて、直斗は肩を竦めて笑った。

「そうだ」
「はい?」
「直斗は、これから何か用事があるのかな」
「え、いいえ」
「よかった、じゃあ、少し俺に付き合わないか」

本を借りるお礼。

「先払いするよ、一緒に鮫川の土手で、お菓子でも食べよう」

何ですかそれ、と直斗は返す。
まるきり子ども扱い。
少しムッとするけれど、背の高い姿はニコニコ笑いながら答える。
菜々子に教えてもらった美味しいお菓子があるんだと。

「今俺の一押し、今日は天気もいいし、外で食べるときっとうまいよ」

―――悪びれない笑顔が大好きだ。

少し、帽子のつばで表情を隠しながら、直斗も答える。「仕方ないですね」
確かに今日は天気がいい。
秋風がとても心地良い。
二人、土手に腰掛けて、お菓子を食べるのも悪くない。

「お付き合いしましょう」

うん。
頷いて、本返してくるから待ってて、と、階段を上っていった。
広い背中。
見送る直斗の頬は仄かに色付いている。
楽しい気配がもうすぐそこまで近づいていた。


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