「で」

雪子の眉が吊り上がる。

千枝も、りせも、呆れ果てた顔をしている。

完二は出血多量でダウン。

茂みの影に横たわる姿をクマが団扇であおいでやっている。

「事情は判った、そういうことなら勿論協力する」

自分はともかく、我等がリーダーがこんなに怯える姿そう見られるもんじゃないぞと、陽介は傍らの少女を横目で窺っていた。

真正面から女子に迫られ、朋也は表情を強張らせて固まっている。

「でも」

雪子がジリリと詰め寄った。

千枝も、りせも、同じ様に近付いてくる。

 

「許せない―――許せない!」

「そうだよ先輩!」

「さっすがに、これはないわ」

「今の、君の格好は、許せない!」

 

指を突きつけられ、朋也の細い肩があからさまにビクンと揺れた。

―――花村夫人私物、真っ白いシフォンのブラウス、くるぶし丈ベージュのクレープスカート、サイズだけで選んだ足元は多少くたびれ感のある黒いサンダルという出で立ち。

(確かに)

女物の服装に疎い陽介でも判る。

今の朋也の姿は、そう、明らかに―――格好悪い。

一応状況を説明しておくと、ブラウスは、なるべくゆったりしたものを、という事で選んだ。

それでも朋也の豊かな胸元はボタンを弾けさせる勢いで存在をアピールしていたから、ブラウスの下は肉に食い込むほどきつく包帯を巻きつけてがっちりサイズダウンさせている。

手伝っていた陽介でさえ、もういい、もうやめようと、何度も口にしてしまったほど酷い状態だ。

真っ白な柔肌をギリギリと締め付ける行為は多少エロティックではあったけれど、それ以上に痛ましくて、どうにか仕上がり苦しげに息を吐き出した朋也を思わず抱きしめてしまった。

今だってすぐ家に連れ帰って楽にさせてやりたい。

朋也を見詰める陽介は、早くこいつを元の姿に戻してやろう、と、決意を新たに固めていた。

(今の姿も捨て難いけど、こいつが無理しなきゃなんないなら、元の姿のほうがいい)

下は、ウエストのサイズがなかなか合わなくて、仕方なく一番ゴムのきついスカートを選んだ。

丈は脚を出したくないという本人たっての希望によるものだ。

それだってずり落ちかけている。

髪を一本に纏めて縛り、今の朋也を見て勘付く人間がいるとも思えないけれど、一応予防線を張っておこうと陽介私物の伊達眼鏡をかけた姿は一見すると実年齢より十歳以上老けて見える。

更に動作がコソコソしているから、はっきり言って殆ど老婆だ。

朋也を庇うように現れた陽介と、当人を見た瞬間、仲間たちは一様に唖然とした表情を浮かべていた。

それから―――さらしの下りで完二は撃沈、想像力豊かな童貞は放っておいて、更に事情を述べていくと、ぽかんとしていた少女たちの表情にジワジワと怒りの色が滲み出し―――今に至る、そういうわけだ。

しかし悲しいかな、高校男子程度の経験値では理由がよく分からない。

(何故?)と問うことすら躊躇われるような雰囲気に息を呑む朋也と陽介を咎めるように睨みつける、少女達の視線が怖い。

唐突に雪子が朋也の腕を掴んで引いた。

「行くよ」

「え?」

「花村君、完二君とクマ君のこと、よろしくね」

「は?」

「こんな格好許せない」

「どうして相談とかしてくれなかったんですか、先輩」

「なんていうか、勿体無いよ」

「そうだよ!」

「そうですよ!!」

「今は同じ女の子として―――許せない、許しておけない!」

 

こんな格好、見逃せない!

 

そのまま、うわーっと連れ去られる朋也の姿を、陽介は見送る事しかできなかった。

無事でいろよと気遣いつつ、内心、ほんのり期待もしている。

(まあ、里中のセンスはともかく、天城とりせちーが一緒だもんな)

今の朋也は可愛くすれば絶対に可愛い。

(いやまあ、男ン時も可愛いっちゃ可愛いかったけどさ、そういうんじゃなくて、今は女の子な訳だし)

雄の本能が疼いている。

(どんなになって戻ってくるんだろ、スカートかな、それともパンツ?というか上をどうにかしてやって欲しいよな、あのままじゃ辛いだろうし―――けど、そうすると、やっぱアレか?)

悶々としていた陽介は、完二の呻き声ではたと我に返り、茂みの影を覗き込んだ。

半身だけ起き上がった完二が陽介を見上げた途端、ポッと頬を赤らめながら「く、黒沢先輩は?」と尋ねてくる。

何となくカチンときて、陽介は完二の頭を思い切り張り倒してやった。

「黒沢なら女子に拉致られてジュネスん中だよ」

「な、何で殴るんスか!」

「うっせ!いいかてめえ、黒沢のこと妙な目で見てみろ、その目潰すからな!」

「み、見ねぇッスよ!」

「ヨースケもカンジも、にらめっこ止すクマ〜」

日差しの角度が変わり、脳天を容赦ない日差しがジリジリと照らし始める。

蝉の鳴き声がこだまして、男三匹の肌を玉の様な汗が伝っていた。

暑い。

(ううッ)

「―――とりあえず、俺らも中入るか」

「そっスね」

クマが、あっつい、あっついと喚きながら、一足先に空調の効いた店内へ飛び込んでいった。

立ち上がる完二に手を貸してやり、共にジュネスの自動ドアを潜りながら、陽介は再び朋也のことばかり考え始めていた。

 

一時間後。

 

「先輩たちと久慈川、どこ行ったんスかね」

「知らねー、ケータイ鳴らしても出ないし、メールもまともに返ってこねーし」

とりあえず一通り店内を探し回ったけれど、少女たちの姿はどこにも見つけられなかった。

歩き疲れた男一同は、店内に設置してある休憩用のベンチに腰を下ろしてダラリとしている。

―――もっとも、この面子では見に行けない場所もあった。

(まさかな)

女性専用売り場などは、高校生男子にはあまりに敷居が高すぎて、窺う事すら困難だ。

(けど、可能性あるっつったらその辺しかないだろ)

―――内心、かなり楽しみにしている。

自分しか見ていない今の朋也の本当の姿がどれ程魅力的か、陽介はよく知っている。

揉み応えのある胸、強く抱き寄せたら折れてしまいそうな腰、つい目で追ってしまう尻から腿にかけてのライン。

(肌ツルツルだし、髪サラサラだし、柔らかいし、いい匂いするし)

思い出すだけで愚息が起ち上がってしまいそうだ。

陽介は心持ち股間を手で押さえながら、愛しい面影を脳裏に呼び起こしていた。

(グラビアやビデオなんか話しになんないよな、本物を知った今となっちゃ)

そもそも、今の朋也に勝てる同年代の女はそういないだろう。

だからこそ母親の服を着せた姿を改めて見て酷くガッカリしたものだ。

本当のコイツはこんなもんじゃない、素材の良さが全然活かせていない、もっと可愛いはずだ、そう、絶対可愛い。

(そんで俺の、彼女、とか)

たまらないじゃないか。

その、魅惑の美少女が、昨夜は自分とたっぷりいやらしいことをしていた。

愛らしい鳴声を聞きながら、熱く潤んで締め付ける膣内に余すほど精を注ぎ込ませていただいた。

(う、ヤバ)

思わずブルリと震えてしまった陽介に気付いた完二が「どうしたんスか?」と声をかけてくる。

「俺、ちょっとトイレ」

知られる前にとサッと立ち上がって、陽介は駆け出していた。

(あーもう、ジュネスで勃起なんかしてんじゃねーよ!)

それもこれも朋也のせいだと都合よく押し付けつつ、近くのトイレの一番奥の個室に飛び込む。

(本当に)

―――昨夜の魅惑の体験、自分はもう一生朋也から離れられないような気がする。

(アイツが男に戻っても、忘れられないだろうなあ)

無論、元の姿に戻っても、自分は間違いなく朋也に欲情するだろう。

けれどそういうことじゃない。

陽介は、正確には昨晩、本当の意味で童貞を卒業した。

生まれて初めて知った女の体、しかも、他でもない黒沢朋也の体。

(本気で惚れてる相手とセックスすんの、気持ちよすぎっつーか、ああもうホント堪んねえッ)

それは多分、女性との初体験の悦びより、愛する相手と体を通して心を通わせたからこその喜びに違いない。

大体、勘違いや錯覚で男を抱きたいなんて思わないだろう。

まして本当に抱いてしまったとなれば言い訳すらバカらしい。

―――朋也はそのあたりをどう捉えているのか。

訊いてみたい気もするけれど、陽介はまだ一度も朋也に想いを打ち明けてみた事がない。

(反応が怖いってのも、まあ、あるんだけどさ)

それ以上に、まさか同情心や成り行きで付き合ってくれているだけだとしたら、正直立ち直れないだろう。

(そんなことないって分かってるつもりなんだけど)

朋也から返される「好き」の言葉には時折裏腹な戸惑いを感じることがある。

(今度の事で、ちょっとは色々、変わってくれたらいいよな)

例えば、それは俺に対する態度とか、気持ちとか。

(俺じゃなきゃダメってくらいにさせないと、アイツにも本気出してもらえないのかなあ)

抜く手の速度を速める。

快感でつい声が漏れそうになった。

慌ててシャツの裾を咥えて、更にピッチを上げながら勢いをつけて便器に精を放つ。

どうにか興奮を鎮めると、トイレットペーパーで手と局部を拭い、便座や蓋に散らしてしまった分も纏めてぬぐって流してから、個室を後にした。

多少コソコソしつつ辺りを窺って、よかった誰もいないと、そっと胸を撫で下ろしながら店内に戻っていく。

(スマン、親父)

内心、いつもノンキな父に一応詫びを入れながら、完二とクマを待たせているベンチに向かった。

途中、足を止めて「あれっ」と声が漏れた。

―――目的の場所に、千枝と、雪子と、りせが立っている。

(黒沢は?)

少女たちの影から陽介に気付いたクマが手を振った。

「ヨースケー!」

千枝が振り返り、「花村!」と声を上げる。

雪子とりせもこちらを振り返り見た。

完二はベンチで顔を真っ赤に染めて仰け反っていた。

(何だ?)

怪訝に想いつつ、再び近づいていこうとして、そして。

 

「な」

 

立ち止まり、そのままその場に固まった。

女子の影から押し出されるようにして現れた姿は―――

 

「朋也?」

 

人前では控えるようにと注意されている名前呼び、しかも、微妙に声が裏返ってしまった。

陽介の喉がゴクリと上下する。

朋也は困ったように瞳を伏せ、フイと顔を俯けてしまった。

同時に銀の髪が肩から滑り落ち、白い肌の上にサラリと零れる。

(おお)

豊満な胸元が白いシャツの表面を押し上げて、これでもかというほどに存在をアピールしていた。

(おおおッ)

太腿やヒップラインにフィットした動きやすそうなベージュのパンツ、足元は白いスニーカー

(うおおおおおおお!?)

「どんなもんよ!」

鼻息荒く千枝が胸を張り。

「可愛いでしょ?」

りせがスルリと腕を絡めると、反動で朋也の胸がふるんと揺れた。

(おおおおお!)

「色々選んでみたんだけど、元の素材が良い分、シンプルな格好のほうが引き立つかなと思って」

雪子は心底満足そうだ。

今の朋也は―――可愛いという形容すら足りない、陽介からすれば、まさに、天使。

現に近くを通りかかる人々が男女問わずチラチラと視線を注いでいる。

上目遣いに向けられる瞳の魔力で倒れてしまいそうだ。

(い、今なら、完二の気持ちがちょっとだけわかるような気がする)

立ち尽くしている陽介に、りせからスルリと腕を解きながら、多少ためらう足取りが近づいてきた。

正面に立った朋也は、はにかんだ表情で陽介を見詰めると、間を置いて照れ臭そうに微笑みかけてきた。

(う、わああああ!?)

「は、花村」

「お、おう」

「とりあえず格好が付いたから、その、探索に行こう」

「う、ハイ」

「どうした?」

イエ別に、と、あからさまに挙動不審な陽介を眺めて、急に朋也は申し訳なさそうに眉間を寄せる。

「―――悪いな、花村」

「へ?」

駆け寄ってきたりせが勢いよく朋也に抱きついた。

「いいんですよ、先輩!花村先輩も本望ですって!今回は可愛い女の子のためなんだからッ」

「は?」

―――何の話だろう、凄く嫌な予感がする。

「ごめんねー花村」

「私たちの持ち合わせじゃ、到底足りなくて」

「今度も花村のツケにしてもらっちゃった」

「はあ?」

「売り場のオネーサン、陽介君も隅に置けないわね、だって、この色男!」

「女の子の洋服代ってバカにならないんだよ?」

「そうそう、女の子に生まれただけで贅沢品だもんね、でもいいでしょ、花村先輩も文句無いでしょ?」

―――興奮一転、世界は暗鬱に沈み逝く。

衝撃の事実をサラリと言ってのける彼女たちの神経に愕然として、陽介はクラクラしながらお会計総額を尋ねた。

雪子の回答に今度こそガツンとやられた気分になって、陽介は端から真っ白な灰になり崩れ落ちていく。

(俺のバイト代―――俺の勤務時間―――)

一体どれほどの期間無給奉仕すれば賄えるのだろう。

(いや、それもだけど、女の買い物つけたなんて、俺、当分おばちゃんたちの話のネタにされるんじゃ)

不意にシャツの裾がクイクイと引っ張られた。

「はえ?」

力なく振り向くと、豊満な胸の谷間に腕を抱きこむようにして引き寄せられて、朋也がそっと耳打ちしてくる。

―――この程度の事で少し元気を取り戻してしまう男の性が憎い。

「後で払うから、ゴメン、まさかこんなにかかると思わなくて」

「は、払うって」

「大丈夫、自分の事だし、ちゃんとするよ」

「バッ」

いーよ!と咄嗟に大声を上げてしまった陽介は口元を抑えて、驚いている朋也を脇に抱え込むように抱き寄せると、同じく唖然としている仲間達から有無を言わせず数メートルほど連れ去った。

「いいよッ」

他の誰かに聞えないように、身を屈めて声を潜める。

「仕方ないだろ、そんくらい俺が持って」

「何言ってるんだ、そんなわけにいくか」

「いいっツッてんの!ンなことお前は気にしなくていいんだよッ」

「気にするよ、少なくともありがとうで受け取れる額じゃない」

「だから!そういうのいいから黙って贈られとけ、その、俺の気持ちだからッ」

「そういうのは嫌だ、なら、半分は払わせてくれ」

「ホントいいって、格好つけさせてくれよ、な?」

「それなら俺の面子も気にかけて、半分は持たせてくれ、頼むから」

暫く押し問答の末、陽介は渋々朋也の要求を受け入れた。

―――本音を言えば非常にありがたい、だが。

(朋也に俺の贈った服着せたかったっていうのも、まあ、ある)

全身自分からの贈り物で身を包んだ恋人、それは、ある種男の浪漫だ。

しかし現実は厳しい、懐事情は所詮学生レベル。

いつか実現させてやるぞと陽介は密かに誓いを立てる。

しかし―――陽介は改めて朋也の姿を矯めつ眇めつ眺めてしまった。

いまや完全に女の子だ。

元の素材は言うまでも無いが、案の定、格好を整えれば最早文句の付け様がない。

(ブラジャーとかしてるのかな、やっぱ)

胸元をまじまじと見詰める視線に気付いて、苦笑いの朋也がそっと囁きかけてきた。

「結構苦しいよ、けど、さらしより断然マシ、女の下着って案外奥が深い」

「見せて」

「後でな」

ポン、と陽介の頭を叩き、様子を窺っていた仲間達の元へ歩き出す後姿に続く。

魅力的なヒップラインに見蕩れかけてフルフルと首を振ると、陽介は朋也の煌めく銀の髪を追いかけた。

 

 

 

ちなみに、パンツ2本、シャツ3枚、ソックス3足と、ブラが2枚、ショーツ3枚、靴1足、インナー用のキャミが3枚。

夏場ならコレくらい必要という事で揃えました。

上は安モンでも結構どうにかなるけど、インナーとパンツ、靴は安物すぐダメになるからってりせちーチョイス。

ソックスのみ使い捨て感覚です、総額は察してくださいな。

朋也と折半でも陽介の負担はハンパないって所がヒント。