テレビの中突入前。

男子勢に再び衝撃が走る。

りせ曰く、コレだけは用意しといたほうがいいんじゃないかって思いついてたんだけどね、とのこと。

一旦解散して、探索に出かける準備―――家電売り場近くのトイレで制服に着替えた面々は、トイレから出て落ち合ったところで、少年たちは硬直し、少女たちはクスクスと楽しげに笑いあった。

「胸がキツイ」

そう呟いた朋也の、八十神高校指定女子制服姿。

丈の短いスカートに、本人の発言どおりパツパツに張った胸元を彩るイエローのタイ。

制服の袖から伸びるほっそりとした腕や、しなやかな脚の先、スニーカーから覗く白のソックスはくるぶし丈。

雪子に束ねてもらったという、少し高い位置で一つに結んだ髪の下から覗くうなじが綺麗だ。

「でも先輩趣味がわるーい、何でそんな子供っぽいゴム選んだの?」

銀の髪を留める緑色のゴムには見覚えあるようなデフォルメされたカエルのキャラクターがついている。

気付いた陽介は何となくモジモジしてしまった。

朋也も仄かに頬を染め、困り顔でニコリと笑いながら「何となく」とだけ答えていた。

(可愛いッ)

今すぐキスの一つでもしてやりたい気分だ。

「―――よし、じゃあ、行くぞ」

リーダーの号令と共に、特別捜査隊のメンバーは馴染みのテレビ画面を潜り抜けた。

 

「何となく、何かいるような気配はあるんだけど」

高感度のサーチ能力を誇るりせのペルソナでも件のシャドウの居場所を割り出せないらしい。

「クマも頑張って探し回ったクマよ!」

それでもまだ見つけられていないクマと、しょぼくれるクマを雪子がよしよしと撫でている。

「そういやお前、昨日見つけるまでこっち出てくんなって言ってあったはずなのに、今日は何で普通に集合場所に居たんだよ?」

「そ、それは」

すんません。

完二が頭を下げる。

「昨日俺ん家に泊めたんス、ちょっと可哀想だったっつーか」

「そうだよ花村、あんまりクマ君のこと虐めないであげてよ」

「ヨヨヨ、チエちゃあーん」

縋りつくクマを千枝はよしよしと抱きとめていた。

着ぐるみ姿は警戒の対象にならないらしい。

便利なモンだよなと内心鼻白む。

「いーや!」

腕組みして陽介は言い放った。

―――朋也と2人で気兼ねなくイチャつくためにも。

「ダメだッ、黒沢だって困ってんだ、大好きなセンセーのために一肌脱ぐのが男ってもんだろ!」

「ヨースケ!」

「成果が出るまでお前はこっち側に待機!探索!完二も余計なことすんじゃねえッ」

「そんな事言って、ヨースケはヨースケのためにセンセーを一肌も二肌も脱がすつもりクマね」

恨みがましいクマの一言を受けて、少女達から怪訝な眼差しが陽介に向けられた。

「アンタ、まさか」

「ウソ、花村先輩サイテー!」

「ケダモノッ」

「ちょ、ちょっと待った!なにこの流れ、デジャヴュ?じゃなくて!何でこいつの言う事なんか真に受けてんだよ!」

「ヨースケはケダモノのヘンタイクマ!」

「てんめえこのクマ、調子乗ってテキトーぶっこいてんじゃねえー!」

炸裂する飛び蹴りにクマがあふーんと叫びながら転がる。

一連の流れを傍観していた朋也と完二は、揃って(ああ、これも見覚えあるなあ)と昨日の記憶に想いを馳せていた。

「と、とにかく!」

そんなつもりないからと、必死に弁明する姿が朋也からすれば白々しい。

(昨日だってあれだけ釘刺されておいて、2人きりになった途端襲い掛かってきたくせに)

振り返った陽介が視線で同意を求めてくるものだから、朋也は内心ため息混じりに「何も無かったよ」と助け舟を出してやった。

(貸しだぞ)

かすかに睨まれて、色男は苦笑いを浮かべている。

(まあ、結果がわかっていて花村のところに行った俺にも責任があるよな)

けれどこういう場面で男は圧倒的に不利だ。

女になって初めて良い事あったかもしれないと、多少不本意ながら相変わらず疑われ続けている陽介を眺めた。

昨晩からずっと調子に乗っているのだから精々いびられたらいいと思うが、それよりも、と、朋也は改めて仲間達に呼びかける。

「とにかく、探索に行こう」

振り返った中から、でも先輩、とりせが声を上げた。

「あのシャドウの居場所、まだわかっていないよ?」

「それならまずボイドクエストに行こう、あそこで遭遇したんだ、何か手がかりを見つけられるかもしれない」

「確かにそれは一理あるな」

「現場百遍、とかいうやつッスね」

「おっ、完二デカ、基本に忠実でありますな!」

「なんスかそれ、やめてくださいよ」

「茶化してんじゃねーぞ里中、とにかく行こうぜ、黒沢早く元に戻してやんねーと」

「そうだね」

おー!と一同の声が揃う。

朋也は、胸の奥がこそばゆいような思いで、僅かに照れながら仲間達にありがとうと告げた。

途端、完二は仰け反って固まり、少女たちはハッと息を呑み、クマは頬を染めて身を乗り出してきて、陽介は―――口元を押さえて何ともいえない表情を浮かべていた。

何事、と、朋也は困惑してしまう。

ポツリと漏らされた雪子の一言が理由を仄めかしていた。

「黒沢君って何で女の子に生まれてこなかったんだろうね」

「ちょ、ちょっと雪子!」

「た、確かにほんのちょーっと可愛かったかもしんないけど、でも先輩は前の方が絶対いいもんッ」

「花村先輩―――こんな調子で昨日一晩堪えたんスか」

「お?おう」

「凄ぇッスね、尊敬するッス、アンタ、マジで漢の中の漢だ」

苦笑いの陽介に朋也は溜息を漏らす。

とにかく早く元の姿に戻ろう。

決意を新たに、眼鏡のフレームを指先で押し上げた。

 

*****

振りかざした刀身を袈裟懸けに振り下ろす。

そのまま蹴り付けて間合いを取ると、構えなおした切っ先で貫いて、刃が引き抜かれると同時にシャドウは消滅した。

『残り3体!』

りせのカウントが耳元で告げる。

朋也は腹の底から叫んだ。

「ペルソナッ」

宙にふっと現れ、キラキラと輝きながら落ちてきたカードを目の前で握りつぶすと同時に、背後にスラリとした女が立ち上がった。

魔術師ディース。

差し出した指先を対象に定めると、途端シャドウの足元から勢いよく火炎が噴出し、姿を覆い尽す。

次いで雪子がコノハナサクヤを呼び寄せ、二重の火炎で攻める様子を横目に見ながら、陽介は苦無を構えてもう一体のシャドウに飛び掛った。

「おりゃあ!」

腕をクロスさせるように切り付けて、反撃を食らう寸でのところで飛び退いた後に千枝の追撃がかかる。

三段蹴りの最後の一撃でシャドウは霧散し、その傍らから駆け出していった朋也が、銀の髪をなびかせて最後の一体に切りかかった。

「はああああッ」

日本刀を振りかぶる。

真っ向から切りつけ、斜めに切り上げて、横に薙ぎ払う。

軸足をバネに飛び退きながら、片手をスッと目の前に過ぎらせた―――手の中で一瞬キラリとカードが煌めく。

「ペルソナ!」

再び叫ぶと、今度は茨を纏った女が現れて、標的に氷の息吹を吹き付けた。

凍りついたシャドウを朋也の剣が砕き、りせが敵影の消滅を告げた。

「ふぃー」

気の抜けた声と共に息を吐き出した陽介の向こう、鞘に剣を収める朋也に千枝と雪子が駆け寄っていく。

「凄い!黒沢君」

「格好いい!」

『先輩サイコー!』

ボイドクエストの出入り口でサーチとアナウンスを務めているりせの声だけが耳元で浮かれ調子に響いた。

「女子になって力落ちたんじゃないかってちょっと心配してたんだけどさ、全然問題なさそうだね!」

「俺も、意外」

「スカートで日本刀って、何だか映画の主人公みたい」

『あ、それってもしかして、何年か前にハリウッド映画であったアレですか?』

「知ってる!セーラー服で日本刀振り回して怪物と戦うアレでしょ!?師匠には負けるけど、アレも格好よかったよねぇ」

『先輩の制服、八高のじゃなくて、セーラーにしておけば良かったですね』

「じゃあ、次回はセーラー服でッ」

「ちょ、ちょっと待った、雪子、次回って何、次回って」

和気藹々としている少女たちを遠巻きに眺めながら、陽介は(いいなあ)としみじみした気分を噛み締めていた。

(ちょっと疎外感だけど、悪くないよな、こういうの)

ボイドクエスト探索部隊のメンバー分けをしたのは朋也だ。

もっとも、千枝と雪子は絶対ついていくと言って譲らなかったから、必然的に残りの枠は一つしかなかった。

留守番させてくださいと縮こまる完二、着いていくと大騒ぎしていたクマを外して、選んで貰えたと仄かなトキメキを覚えている。

(考えてみりゃ、昨日だって朋也から泊めてくれとか言ってきたわけだし、もしかして俺って案外愛されてる?)

そうだといいな、と想う心がドキドキして止まらない。

千枝と雪子に挟まれて、困り顔で微笑んでいる髪の長い少女の姿をした朋也。

違和感が無いどころか、三人の中で一番綺麗で、キラキラ輝いて見える。

陽介の唇から無意識にため息が漏れていた。

先ほどから見蕩れてしまって仕方ない。

だから何をしていても身が入らなくて、今日はいつもより怪我が多いなと、少し前に傷薬を塗りつけてもらった腕を眺めた。

朋也が飛んだり跳ねたりするたび、大きな胸がユサユサと揺れて、あられもなくスカートが捲くれ上がる。

元が男だからそういったところにあまり気遣いが至らないのかもしれないけれど、それにしてもテレビの中だけで何度チラチラ色々と見せ付けられただろうか。

(パンツ、白だったな)

ブラジャーも白なのかな。

(後で見せてくれるって言ってたよな、服だけ脱いで見せてもらおうかな、朋也の下着姿)

よからぬ妄想に耽っていたら、対象と思わず目が合った。

途端ビクリと竦む陽介を暫く見詰めて、急にこちらに駆けて来る。

「花村!」

「な、何?」

多少挙動不審に身構えた姿を捕まえられて、グイと引き寄せられた。

(うお!?)

顔が近い。

首筋に息があたる。

陽介の顎と首の付け根を確認した朋也が、やっぱり、と呟いた。

「切れてる」

「へ?」

「赤いの垂れてるの見えたから」

指先で拭われた。

「シャツにつくぞ」

朋也は陽介の血のついた指を嘗めながら、色々な薬などの入っている荷物を取りに再び駆けて行ってしまった。

ポカンと立ち尽くす陽介と、同じく唖然としている雪子と千枝にまるで構わず、傷薬を手にして戻ってくる。

「座って」

「は、ハイ」

「―――とりあえず傷は深くなさそうだから、簡単に止血しておく、後で纏めて回復するから」

「う、うん」

「天城!」

雪子がパタパタと駆け寄ってきた。

「花村が怪我だ、たいした傷じゃないから後で」

「わかってる、テレビから戻る前に全員回復、だよね」

「余力を残しておいてくれ」

「うん」

頷き返す雪子を見てから、朋也は振り返って陽介の頭をポンポンと叩いた。

「今日調子悪いみたいだけど、気を抜かないで頑張ってくれよ?頼りにしてるんだから」

ふわっと微笑みかけられて、咄嗟に言葉が出てこなかった。

そのままくるりと向き直り、先に行くぞと歩き出す、華奢な後姿を見詰めたまま陽介は固まっていた。

顔が熱い。

心臓がバクバクいって、このまま駆け寄って抱きしめてしまいたい。

不意に肩を叩かれた。

のろのろ振り返り、仰ぎ見ると、呆れた表情の千枝が見下ろしていた。

「見蕩れ過ぎ、アンタさっきからずっとやらしい目で黒沢君のこと見てるでしょ」

「なッ、バッ、違!」

「リーダーには明日からスパッツ着用を義務付けるから」

(酷え!)

何度も言うけど妙な気起こすんじゃないわよ?

睨み付ける眼差しにうるせえなと切り返しながら陽介は大儀そうに立ち上がった。

(んなもん、最初からずっと起こしまくりだっつの)

刀を構えて先頭を行く朋也の後を千枝と雪子が追いかけていく。

陽介も、首筋の傷にそっと指を這わせてから、よし、と呟いて走り出した。