買い物袋を提げて、並んで歩く帰り道。

隣で朋也が「はあ」と溜息を漏らす。

「なんだよー」

陽介は苦笑いを浮かべた。

「明日があるだろ、明日、またあっち側潜ってみよう、皆も協力するって言ってくれてるし、俺だってお前のためなら幾らでも頑張っちゃうからさ」

「悪い、有難う」

「いいって」

―――陽介は手を繋ぎたい。

 

あちら側で今日はたいした成果を上げられなかった。

ボイドクエスト内部にそれらしき気配は存在せず、また遭遇することも、当然ながらなかった。

朋也を襲ったシャドウ。

まともに姿を見たものは誰もいなかったらしいが、唯一、陽介だけがおぼろげに「でかくて、いい匂いがした」と記憶していた。

その程度では話にもならない。

(そもそもシャドウにいい匂いって一体どういう事なんだろう、それは花村の勘違いと捉えるべきなんだろうか)

りせはあちらの世界におぼろげながら妙な気配を感じると言っていた。

クマも同じ様な事を言っていて、何か起こっている事だけは間違いなさそうだった。

「けど、よくわからんッちゅーか、知ってるような、何かがクマのレーダーに引っかかるクマ」

「なんだろね、コレ」

「ムムム、正体不明クマ」

―――そして、恐らくは、それこそが現状朋也の身に異変を引き起こしている原因でもあるのだろう。

収穫はただそれだけだった。

もどかしい気分で多少焦れる。

ジュネスの営業終了時刻が近づいて探索も終了という事になり、仲間達は明日も朋也に力を貸すと約束して各々家に帰っていった。

朋也は本日も花村宅に世話になると叔父に連絡を入れておいた。

遊びまわっているなと叱られそうになったから、陽介にも出てもらって、今家に1人で自炊などできないから無理を言ってお願いしているんだと、嘘では無いけれど、苦しい言い訳でどうにか納得してもらった。

ついでに一週間くらい家を空けると話をつけて、一つ肩の荷が下りた気分だ。

2人で夕飯の買出しをした帰り、夜空に数多の星が煌めいている。

再びテレビの中に置き去りにされたクマの事は、きっと誰かがこっそり連れ帰ったに違いない。

陽介のエロい企みを知っているのは俺だけだろうと、我侭な相棒に多少呆れ気味の溜息を漏らす。

隣で暢気な姿が最近興味のある音楽の話をしていた。

「花村」

「んー?」

「お前の両親、いつまで家に戻らないんだ?」

「あ、えっとなあ、お袋がおとついから一週間の北海道旅行、ついでに青森にも寄ってくるらしいから、まあ多分二週間くらいは戻ってこないだろうな」

「そんなに?」

「おうよ、前にも言ったかもしんないけど、稲羽に来てからあの人の育児放棄半端ねーよ?前から結構子供ほったらかしな人だったけどさ、こっち来てますます悪化、旅行、旅行って、よっぽど田舎がつまんねえんだろうな、お陰で家にクマ住み着いてるっていうのに、よく遊びに来るお友達ねー、なんて、その程度の認識しかねえの、まあお陰で助かってるんだけどさ」

―――朋也は妙に納得してしまった。

(クマ、連れて帰るって言って、あれ以来どうしてるのかと思っていたけど)

それにしても陽介と自分の境遇はよく似ている。

こいつも大変なんだなと思いながら、お父さんは?と次いで尋ねた。

「あの人も仕事バカ、最近はずっとジュネスに詰めてるよ、確か明日から本店会議とか言って一週間どっか行くようなこと言ってたから、まあこっちも暫くは心配ないな」

「そうか」

それならタイムリミットは恐らく一週間程度ということになる。

(一週間して元に戻れなかったら、その時は)

潔く腹を括るしかない。

叔父に事情を説明して、両親にも連絡を入れて、状況が改善されるまでに―――学校が始まってしまったら?

周りにはなんていえばいい?

それより、噂にでもなって、世間の注目を浴びてしまったら?

知人や友人、色々な人―――何より菜々子に気味悪がられたりでもしたら?

朋也は唇を噛み締める。

直後にキュッと手が握り締められた。

見上げると、陽介がニコリと頬笑み返してくる。

「大丈夫だって、そんな心配すんな」

「花村」

「ホラ、春からの事件だって俺達ちゃんと解決できただろう?お前一人じゃない、皆だってついてるし、その、俺も傍にいるんだからさ、思い詰めるなよ、お前がそんな顔してたら、うまくいくモンだっていかなくなるぞ?」

信じてよ。

いつもより高い位置から見下ろしてくる陽介の瞳。

妙に頼もしくて、優しい鳶色の瞳に強張りかけていた心が解けていくのを感じる。

朋也は肩を竦めるようにクスッと笑っていた。

「お前がついてたって、問題の解決になるかどうか」

「なッ、酷!」

「じゃあ、アテにするぞ?頑張ってくれないと困るからな」

「おお!任せろ、お前のこと絶対元に戻してやるって!」

「頼もしい」

「惚れ直しちゃった?」

「いいや、珍しいと思っただけ」

朋也ぁ!と陽介が大きな声を上げるので、朋也は慌てて握った手を引き寄せながら「名前で呼ぶな」と睨みつけた。

「聞かれるだろ、妙に思われたらどうしてくれるッ」

「わ、悪い」

「―――やっぱり、ちょっとアテにできないな」

「ちょ!」

「俺は凄く不安だよ」

「お前、ねえ!」

不満顔の陽介にそっぽ向きながら、それでも朋也は気付かれないように握った手にそっと指を絡めなおしていた。

 

*****

家に戻って、夕食を作り、テーブルを挟んで一緒に食べる。

本日の献立は陽介リクエストのカレー。

電子レンジを活用して手際よく作り上げた朋也に、陽介はしきりに感心し続けている。

「お前さ、ホント、いつでもお嫁にいけるよな」

「お婿に、だろ」

「え、相棒、まさかのマスオさん願望?」

「そんなの無い」

「俺はどっちでもいいよ、お前の好きなほうで」

「どうして俺が花村の嫁や婿になるんだ」

つれない、つめたいの声を無視して、差し出された空の皿に新たにカレーを盛り付けてやる。

陽介に切らせた野菜はどれも形が悪い。

それでも一生懸命手伝いを申し出てくれた、その心遣いを密かに嬉しいと思っていた。

(色々と気を遣わせてるよな)

実際、昨日から陽介は随分献身的に朋也に尽してくれている。

家に泊めて、衣服を貸して、買い与えて、口裏を合わせて、色々と庇われて助けられた。

今日の戦闘中も何度目の前に飛び出してきたことか。

(けど怒っても止めないし、こいつ意外と頑固だから)

陽介の中の何かのスイッチが入ってしまっているのだろう。

普段以上に甲斐甲斐しい様子が仄かに気にかかる。

(それは、俺が今―――)

朋也の頭に前触れなく、軽い頭痛の様なものが起こった。

咄嗟に額に手をあてて俯くと、どうした、と呼びかけられる。

(今、今?)

何だ?

―――あの言葉が脳裏を過ぎる。

(違う)

首を振り、陽介に「大丈夫だよ」と告げた。

(違う、そんなものは大したことじゃない、早く忘れるべきなんだ、いい加減)

「けど、朋也、顔色悪いぞ」

「名前で呼ぶなって言ってるだろ」

「今家の中なんだから平気だよ、それより具合悪いなら、向こうで休んで」

頭痛がゆっくり和らいでいく。

同時に浮かびかけた感情が胸の奥に吸い込まれるように消えていった。

今―――何を考えようとしていたのか。

朋也は無意識に、まるでタブーを避けるかのように、意識を切り替える。

小さく息を吐き出して、テーブルの向こうから心配そうに身を乗り出していた陽介に向かって微笑みかけた。

「平気、ありがとう」

「いや、いいけど」

「もう何ともないから」

「ホントに?」

「うん」

暫く様子を窺って、安堵したように席に着くと、「心配させんなよ」と優しげな苦笑いが浮かべられる。

朋也は陽介にゴメンと詫びた。

すぐにいいと返される。

微妙な雰囲気はすぐ塗り替えられて、それきり朋也が不調を訴える事も無く、2人は改めて、これからのこと、そして他愛もない話に花を咲かせつつ、夕食を続けた。