テレビの中から現実の世界に戻って、ジュネスの出入り口で皆と別れた後、朋也は陽介宅まで手を引かれて連れ帰られた。
すっかり調子は戻っていたけれど、陽介がどうしてもと聞かなかったからだ。
そしてその陽介は、何故か家に着くなり朋也一人残して出かけてしまった。
何なんだアイツはとソファに寝転がって目を閉じる。
クマは、例の如く陽介から難癖をつけられてあちら側に居残り―――ではなくて、催事の手伝いがあった事をすっかり忘れていたらしい。
本日は『漸くクマ田さんを見つけた怒れる社員』の手により連れ去られてしまった。
涙目で遠ざかる姿にハンカチを降って見送った雪子といえば、『流し冷しゃぶそうめん』と『ビニールプール』という魅惑の単語で千枝を吊り上げ、二人仲良く連れ立って帰っていった。
一人手持ち無沙汰にぶらりと立ち去ろうとした完二もりせに掴まり、こちらも大騒ぎで去っていくのを見送った。
―――開いた窓から吹き込む夏風が前髪をそよそよと揺らす。
(俺、何してるんだろう)
今朝から、というより、女になってからずっとおかしい。
肉体的なことはともかくとして、それ以外の、うまく言い表せない何かに関して、だ。
妙な夢を見たが、内容は覚えていない。
ただ嫌な気分だけがずっと残り続けている。
それに、ここ数日、時折意識が混濁して、自分が分からなくなる事がある。
(あの匂いも)
花の香り。
昨日の異様な出来事。
もっと焦るべきだろう。
嫌悪したり、自棄になってもおかしくないはずだ。
(なのに)
―――陽介に触れられると安心して今しか見えなくなってしまう。
ため息が漏れた。
目を閉じて、外から伝わる幹線道路の喧騒に耳を傾けた。
まるで時間が止まっているようだ。
―――ふふッ
(誰?)
不意に騒がしくなって目を開く。
朋也がソファから起き上がるのとほぼ同時に陽介が居間に入ってきた。
「ただいまー」
おかえり、と返しつつ、両手に提げた袋に目を留める。
ビニールの袋をテーブルの上に、紙袋は床に置いた。
「ちょっと早いけど昼飯買ってきた、ジュネスの弁当、うまいぞー」
愛社精神に溢れる姿に朋也は思わず微笑んでしまう。
「ありがとう」
立ち上がり近づくと、陽介は朋也に「から揚げとミックス弁当、どっちがいい?」と尋ね、から揚げと答えて椅子にかけた朋也の前に箸と弁当を置いてくれた。
「待ってろ、今麦茶淹れるから」
「うん」
「甘いのもあるからな、あと、アイス、冷たい炭酸も買ってあるぞー」
「随分サービスいいな」
「惚れ直しちゃうだろ?」
笑い返すだけの朋也に、陽介は苦笑いで「ちえっ」と呟いて冷蔵庫に向かう。
「そだ、朋也、具合は?」
「ん、もう平気」
「良かった」
二つ用意されたグラスに麦茶が注がれる。
既に温めて持ち帰ってきたのだろう、温い弁当の包み紙を取り、向かい合っていただきますと挨拶を交わす。
早速から揚げに箸をつけつつ、朋也はなあ、と切り出した。
「ん?」
「そっちの紙袋は何?」
―――途端、陽介の目がキラリと光ったような気が、した。
「へへッ」
「何だよ」
「それはまだ秘密、とりあえず飯食お?」
微妙な気分で朋也はゴマの振られた米を噛んだ。
陽介はハンバーグをむしゃむしゃと食べている。
テレビをつけていない屋内は、表の喧騒と二人の立てる物音、話し声だけで満ちる。
「お前さ、月曜やってるドラマ見てる?」
「いいや」
「お前って基本テレビ見ないよな、大体いつも本読んでるとか、釣りしてるとか、そんなんばっか」
「テレビって何が面白いのかよくわからないから」
「俺も結構そんな感じだけどさ、今流行ってるものとか、一応チェック入れとかないと、話合わせらんないだろ?」
「そういうのはパスさせてもらう」
「へえへえ、それが許されるキャラだよな、お前って」
「お前には多分一生無理だな」
「こいつ、自分で言いやがった」
談笑の合間に食事は進み、後片付けも全て陽介がしてくれた。
久々のお客様扱いで朋也は椅子に腰掛けたまま食後の麦茶をのんびり頂く。
戻った陽介が席に腰掛けながら麦茶を飲んでフウと一息ついた。
「さて、と、あ、そうだ、朋也甘いの食べる?」
「いい、腹いっぱい、後で貰うよ」
「そっか、んじゃ早速―――じゃじゃーん!」
これの出番な、と、陽介が紙袋を持ってくる。
中から卓上に包みを取り出し始めた。
「新しい彼女?とか訊かれちゃってさあ、まいったよ、まあ新しいも何も俺は元からお前一筋なんだけどね」
天城達の水着見立ててもらった前科がどうとか、話半分に相槌を打ちつつ、陽介に促されて包みの一つを解いた朋也はそのまま固まってしまった。
(えッ)
―――丈の短いふんわりとした白いスカート、薄桃色のノースリーブ、柔らかな素材の薄くて白いブラウス。
「まだあるぞ」
別の包みを解いて、中身を取り出した途端、そのまま落としそうになってしまった。
ピンクのビキニ。
(何!?)
唖然とする朋也の前にとどめの白いサンダルが差し出される。
見上げた陽介は心底楽しげに、ほんの少し頬を染めて笑っていた。
「どうよ!」
「どう、って」
―――返す言葉が見あたらない。
頭がクラクラする。
再び具合を悪くしそうで、溜息をついた朋也に、急に慌てた表情の陽介が身を乗り出してきた。
「あッ、や!違くて、だからさ、その、せっかく女になったわけだろ?」
「折角?」
「ええと、だからその、ちょっとは現状を楽しんでもいいんじゃないかと思いまして」
「愉しんでるのはお前だろう」
「あ、アハハ、ち、違うって―――何事も、前向きに、前向きに?あはは―――」
目が泳いでいる。
再び、今度は大仰に溜息をついた朋也に、バツの悪そうな顔をして陽介はモジモジしている。
「け、けどさ、こんな機会二度とないかもしれないし」
「無いよ」
「うぐ!お、お前の気持ちは分かるよ!わかってるつもりだよ!?」
「だから?」
「だ、だからって、えーと、けどさ、その―――な?」
まだ何か言っている陽介を無視して、朋也は改めて目の前に並ぶ女物の衣服を眺めていた。
―――今、身に着けている物も全て女物だ。
馴染みのないブラジャーに可愛らしいショーツ、採寸の小さいシャツ、パンツ。
(明らかに女だ、俺)
今更確認するまでもない。
そうでなくても昨夜まで陽介に散々知らされてきた。
(スカートって、ない)
こんなピラピラした布切れ一枚で股間を隠して歩き回るなんて、女は何て豪胆なんだろう。
男の時には思いもよらなかった、スカートに対して多少見方が変わってしまった感すらある。
ノースリーブも女が着るのでは訳が違うし、薄く透けたブラウスや歩きにくいサンダルなど論外だ。
(これを俺に着せたいと思っているのか、コイツは)
陽介は半ば叱られた犬のようにシュンとして、それでもどうにか理解を得ようと躍起になっているようだった。
考えてみれば、朋也が女になってから、たぶん陽介が一番おいしい思いをしている。
それは勿論朋也にも問題があるのだろうけれど、調子に乗ってはしゃぐコイツも性質が悪い。
朋也はビキニの上をつまみあげ、見せ付けるようにプラプラと振りながら陽介に白い目を向ける。
「こんなものをジュネスで調達してくるくらいだ、いったい何を企んでいる?」
「そ、その、それは」
陽介は口ごもり、暫く泳がせていた視線をひたと朋也に定めた。
「これ着て、沖奈でプールデートしない?」
―――今度こそ朋也は大仰な溜息をリビング一杯に響かせていた。
2頁もエロシーンが無くてスイマセンねえ…