陽介の言い分はつまりこうだ。

(朝から元気の無かった俺を気分転換に誘い出そうとしてくれた気持ちは嬉しい)

―――だからってコレはないだろう。

もし、帰ってから朋也の具合が良くなるようであれば、今日は天気も良いし、一緒にどこか出かけよう。

陽介曰く『気晴らしの一つでもないと煮詰まっちゃうだろ?』

それならばいっそ沖奈辺りまで遠出して、ならいっそ可愛い格好させて、夏だし暑いからプールでも、それなら水着が要るだろ?朋也にはビキニ以外ありえない―――おおまかそんな流れでこの結果に至ったらしい。

妙な方向に流れた事は謝ると言われた。

けれどどうか頼みますと泣き付かれ、縋りつかれて、仏心を出してしまったのが運の尽き。

写メだけは絶対にダメだと言い聞かせて、朋也は男らしく腹を括った。

電車内、座らせた朋也をニコニコしながら見下ろしているつり革の陽介を見上げながら、色々落ち着かない。

サンダルは歩きづらいし、ちゃんと膝を閉じていないとスカートの中が見えてしまう、ノースリーブの脇が気になって大きな動作はためらわれる。

「―――なあ」

傍目には可愛らしい姿の美少女は、非常に居心地の悪そうな表情で何度目かの同じ質問を繰り返した。

「俺、変じゃないか?」

それに対しての、やはり傍目には彼氏然とした少年は、ニコリと微笑んで同じ答えを返したのだった。

「全然問題ナシ、最高可愛い、朋ちゃんダイスキ」

 

*****

(苗字や名前呼びは知り合いに聞かれると都合悪いからって話し合って決めた事だけど)

やはり納得行かない、というより、耳慣れなくてゾワゾワする。

個室のシャワールームで無駄毛処理を終え、ドアを開けた瞬間、そのまま回れ右をしそうになった。

―――今は確かに女だけれど、こんなに沢山の無防備な裸体に囲まれては、流石にどうにかなってしまいそうだ。

戦々恐々としつつ更衣室に移動して例の水着に着替えた。

(もしも今男の姿に戻ったら)

痴漢と変態の二冠王となるだろう。

菜々子からは激しく軽蔑されるだろうし、叔父や両親にあわせる顔もない。

不安で嫌な汗をかき、俺なんでこんな事了解しちゃったんだろうと今更若干の後悔を噛み締めながら、長い髪をゴムでひと括りにして、なるようになれと更衣室を飛び出した。

大物の荷物はロッカーに預けてきたから、持っているのは必要な小物を詰め込んだビニール製の小さなトートバッグのみ、必要だろうと道中陽介が買い与えてくれた。

降り注ぐ太陽がまぶしい。

夏だ。

肌を刺す日差しに実感する。

(陽介は)

辺りを見回し、見つけた。

ありがちな海パン姿でボンヤリ佇んでいた姿は、口を半開きにしたまま動こうとしない。

何見ているんだと周囲を伺って、結局よく分からなかったから、朋也は怪訝に思いつつ熱いタイルを踏んで近づいていった。

「陽介!」

途端、夢から覚めたかのように何度も瞬きをして、パクパクと唇を開け閉めする。

「と、ともッ」

言いかけて自分の手で口を塞ぎ、ゴクンと唾を飲み込んでから、裏返った声が「朋ちゃん」と呼んだ。

朋也は呆れた眼差しで陽介を眺めて、暑いから早く行こうと踵を返し歩き出した。

「足の裏があっつい、火傷しそうだ」

「あ、な、なら俺がサンダル買ってやるよ!」

「いいのか?」

「うん、とりあえず日陰にビニールシート敷こ?」

「わかった」

陽介は隣から朋也の手をスイと攫って指を絡め、見つめあった視線の先でエヘへと笑いかけてくる。

「水着、やっぱ似合ってんな!」

「褒めても何も出ないぞ、それに、色々複雑な気分だ」

「いいじゃない!てか実にけしからん体つき、んー最高、満足!でもなあ!」

「何だ?」

「他の野郎に見せんのが勿体無いっ」

バカ、と告げながら、朋也は陽介と消毒槽を抜けて冷水のシャワーを浴びる。

水がかかった途端冷たい冷たいと騒ぐ陽介を捕まえて、シャワーの真下に引きずり込んでやった。

「ひああッ、お、おまッ、俺を殺す気かッ」

「アハハッ」

即座に逃げた朋也を追いかけ、捕まえて、びしょ濡れの陽介に軽く頭を小突かれて、朋也は弾ける様に笑う。

気晴らしという意味でなら、この地点ではかなりの成果を上げていただろう。

しかし、プールサイドに突如出現した魅惑の美少女の姿は、周囲にちょっとした衝撃と騒動をもたらしていた。

 

「陽介、サンオイル塗ってやろうか」

「ありがと」

日陰に敷いたビニールシートの上に寝そべり、胸の辺りまで朋也の膝に乗り上げながら、背中にサンオイルを塗りこまれて陽介はウットリとしている。

お前も塗ってやろうかと尋ねられて、朋也は要らないと苦笑いで答えた。

「俺、赤くなるタイプなんだ」

「へえ」

朋ちゃん肌白いもんなあと、太腿を撫でる手をぴしゃりと叩く。

「イテテ、んじゃさ、俺が日焼け止め塗ったげる、ならいいだろ?」

「それは助かる」

「よし」

起き上がった陽介にクリームを塗られながら、朋也は日差しに煌めく水面や楽しげな人々を眺めていた。

「ビーチボールとか買う?」

「要らない」

「んじゃ、ジュース飲む?」

「いい、平気」

「そっか」

人多いなあと背後から両肩に腕を乗せられる。

頬を摺り寄せるようにして圧し掛かってくる陽介に、そうだな、と答えて瞳を眇める。

「あんなに沢山いたんじゃ、遊ぶのも大変そうだな、いっそ泳ぐか」

「何言ってるんだ?プールに来たなら泳ぐんだろ」

「いや、それはまあ、そうなんだけど―――つか朋ちゃんまさか水泳一択なわけ?

当然と答える朋也にうへぇと陽介が顔を顰める。

「水場に来たんだから、泳ぐ以外ないだろ」

「そりゃまあ、そーッスけどね」

「こんな狭い場所で遊んだら人にぶつかって仕方ない、そういうのは海でやるべきだ」

「ハイハイ、良識的なお答え、ごもっともです」

けど皆遊んでるし、とか何とか、朋也は聞えないフリをする。

陽介はお前がそんなに泳ぐの好きとは知らなかったとぼやきながら立ち上がった。

「そろそろ行こ、いい加減あっちい」

「だな」

陽介に手を引かれて立ち上がり、そのままプール脇のシャワーでローションとクリームを洗い流すと、先に水に入った陽介が振り返り朋也に両手を差し出した。

「朋ちゃん!」

呆れて、苦笑いを浮かべながらプールサイドの梯子を使って途中まで下り、そこから朋也は陽介の両腕に飛び込むように水をかいた。

(いつもより水位が高い)

勝手が違って僅かに動揺しかけたところを掬う様に抱えられる。

「大丈夫!?」

顔を上げて、余裕の表情に少しだけ気恥ずかしくなりながら「平気だよ」と告げる。

「そっか!しっかし冷たいな!気持ちいー?」

「ん」

「ヘヘ、そっか!」

陽介はかなりはしゃいでいる。

楽しい気持ちが伝わってきて、朋也もなんだかドキドキしてしまう。

水の中で腰に腕を回され、そのまま、促されるようにプールを奥へ進んでいった。

「なあ、お前ってさ、どのくらい泳げるの?」

「過去最高記録は」

「うん」

「五キロ」

「マジかよ」

海から突き出した岩場から砂浜まで戻った事があると話すと、しかも海かよとツッコミが入る。

「とんでもないな、そりゃ水泳選手の記録だぞ、習い事でもしてたのか?」

「母さん泳ぐの好きでさ、海に行くたび沖に置き去られて、必然的に泳げるようになった」

「それ、一歩間違えたら死ぬんじゃね?」

「私の息子なら絶対大丈夫って言われたよ、ちなみに、母さんは鹿児島から沖縄まで泳いで渡ったらしい」

「ありえねー!」

ホントかよ、と笑う陽介に、ホントだよ、と朋也も笑う。

無性に楽しい。

水着姿の自分にも段々馴染んできた。

「陽介、新発見」

「何、何?」

「浮力がかかって胸が少し軽い」

「へえー」

そういやその胸重たくないの?

朋也は胸筋鍛えてあるから大丈夫っぽいと返す。

実を言えば多少肩こりを感じていない訳でも無いが、我慢できないレベルではない。

微妙な表情を浮かべた陽介は「女の子って大変ね」と呟いた。

「よっし!じゃあ気を取り直して、その5キロの泳ぎを見せていただきましょうかッ」

大人用のプールは一つしかない。

ただ幅広に作られてあり、中央を浮きのついた紐で区切って、片側が遊ぶための場所、もう片側は途中で立ち止まる事禁止の泳ぎ専用レーンとなっている。

紐を潜り、背中をプールの壁につけて、正面を見据える朋也に紐の向こうから陽介が頑張れと声をかける。

朋也は水中に潜り、壁を蹴ってスイッと泳ぎ始めた。

―――久しぶりの水泳はとても気持ちよかった。

平泳ぎであっという間に五十メートル泳ぎきって、そのまま水中でターンして戻ってくる朋也を眺めながら、陽介も紐を潜って水泳用レーンに入ってくる。

「すげーな、お前、魚みたいだった!」

端に辿り付いた途端、立ち上がった朋也を待ち焦がれた様子で陽介が出迎えてくれた。

そう?と返しつつ、朋也は銀の髪が含んだ水を両手で丁寧に扱きひと息吐く。

「プール、いいな、スッキリする」

「え、ホント?」

「来てよかった、有難う陽介」

そっかと照れたように笑った陽介も壁際に移動する。

「んじゃ、俺も泳ごうかな」

「ああ」

「あのさ、朋ちゃん」

「何?」

「その、泳ぐの気ィ済んだらさ、ちょっとでいいから遊ばない?」

きょとんとした朋也は、すぐ苦笑いを浮かべながら「いいよ」と答えた。

爪先で底を蹴って陽介が泳ぎ始める。

見上げた空の日差しが眩しい。

(楽しいな)

周囲の喧騒と水の冷たさ、そして陽介。

再び見渡す景色の向こう、プールの半分辺りに至った姿を確認して、朋也は再び水に潜り、壁を蹴った。

 

レーンの端に辿り付いて立ち上がる。

3往復位しただろうか、振り返った朋也は、向こう岸で水中から立ち上がり、こちらに気付いて手を振る陽介を見て、同じ様に微笑みながら手を振り返した。

(少し疲れたかな)

朋也に付き合って陽介もそろそろバテてきた頃だろう。

まだもうちょっと泳げるけど、とりあえず上がろうと、陽介が戻るまで待つことに決めて、朋也は浮きのついた紐を潜り、反対側に移動した。

水泳専用の向こう側と違って、こちらは大勢の人がひしめき合っている上に、それぞれが予測不能な動きをする。

加えて非常に騒がしい。

(でも、あいつの希望も少しは聞かないといけないよな)

朋也としてはこの状態でいったい何をして遊ぶのか見当もつかないが、多分、陽介なりの楽しみ方というのがあるのだろう。

かくいう朋也のプールデート経験は中学生の頃数回程度にとどまっている。

理由はこの通り、行ってもひたすら泳ぐだけになってしまって当時の彼女に不評だったからだ。

(菜々子も一緒なら、少しは違ったかもしれないな)

あの子は泳げるのだろうか等考えながら、水の間に見え隠れする茶色の髪を目で追う。

今度連れてこよう、もし泳げないなら泳ぎを教えてあげようと、考えているうちにふと微笑んでいた、朋也の傍らから突然男が飛び出してきた。

「うわッ」

散々飛沫をかけられて、顔を顰めつつ振り返ると、男は傍にいた大学生らしき集団の元へ戻っていく。

ゲラゲラと大声で笑い、辺りに気を遣うそぶりが微塵も感じられない。

迷惑な奴等だと溜息を吐いて視線を背けた。

夏場にこの手の無闇に気の大きくなっている集団が大量発生するのは何故だろう。

とにかく、放っておくのが一番だと再び泳ぐ陽介を眺めていたら、足元に妙な感触を覚えた。

(何?)

水中で何かが揺れている。

目を凝らしていると、いきなり腕を掴まれた。

振り返った朋也の目の前に、さっきの男が立っていた。

「ねえ、君」

―――他の大学生たちも近付いてくる。

「高校生?」

「可愛いね、幾つ?」

「何してんの」

「つか、あっちで泳いでるのって彼氏?」

矢継ぎ早に尋ねられて目の据わった朋也の太腿を何かが撫でた。

ビクリと震えた朋也の正面に男が立つ。

彼らは全員で取り囲むような人垣を形成していった。

唯一、浮きのついた紐の向こう側だけ、ほんの僅か隙間が残っている程度だ。

(何?)

怪訝に見回すと、男達は全員嫌な笑みを口元に浮かべて朋也を見下ろしている。

(女の子なら怖がりそうな状況だ)

多分監視員の目からも隠されているのだろう。

男の一人が髪に触れる。

「綺麗な髪の毛してんね、ガイジンさん?」

(違う)

黙って体を硬くする朋也の、今度は脇腹を撫でられた。

「おっぱいでかいね」

「そんな水着着ちゃって、実は逆ナン目当だったりとか?」

「エロいなーホント、すっごい谷間」

最悪と胸で毒づき、唇を噛む。

―――さて、どうしたものだろうか。

(何とか逃げたいけど、騒ぎは起こしたくないし)

ただでさえ人目を忍んでいる状況だ、プールまで遊びに来て何を今更、と突っ込む声はとりあえず保留にしておいて、誰かの印象に残りそうな振る舞いは極力避けたい。

困り果てる朋也の目の前で、ニュッと伸びてきた腕が片方の乳房を掴んだ。

むに、と揉まれて、朋也はそのまま硬直してしまう。

(な)

唖然としている間にもう片方の乳房を違う男の手が揉み始める。

彼らを皮切りに、他の男たちも朋也の肌を舐めたり、脇腹を擦ったりし始めた。

「嫌ッ」

声を漏らして身を捩じらせると、水中で太腿に何かが触れ、そのまま肌を伝い、内股から股間へ撫で上げた後、股間を包むように掌をあてられた。

(嘘)

目の前が一瞬色を失う。

性質の悪い冗談。

(ありえない)

まさかこんな目に遭う日が来るとは―――

手は朋也の股間をスルスルと擦り、布越しに指先で揉むような動作を始める。

男達はそれぞれ、喉を慣らし、唾を飲み込んでいた。

「すげ、おっぱいふわっふわ」

「こっちもやわらけー、つか、何つー手応え」

「エッチな体してんね、ヘヘ」

「脇の下ツルツル、ねえ、舐めていい」

「震えてんじゃない、大丈夫?」

彼らは互いに目配せをし合い、下卑た笑みを浮かべ笑いあっている。

その間も朋也の乳房はそれぞれの手によって揉まれ、肌を舐められ、耳に息を吹きかけられて、股間をまさぐり続けられている。

(まずい)

緊急事態だ、のんびり構えている暇などない。

陽介はまだ辿り付かないのかと視線を向けるが、男が邪魔で確認できない。

(最悪、こいつらをなぎ倒すしかないかもしれない)

それは多分可能だろう。

女になっても身体能力に遜色のない事は既に確認済みだ。

それなら、この程度は秒殺できる自信がある。

(けど、それは最後の手段)

ロープの向こうを横目で伺う。

陽介の姿はまだ見えない。

「何見てんの?」

ねろりと頬を舐められ、舌先で耳の穴をほじられた。

あまりの気持ち悪さに総毛立つ間も知らない男たちに体を弄られている。

正直、屈辱で理性のネジが吹っ飛んでしまいそうだ。

水中で朋也の股間をむにむにと揉んでいた手が、水着の端から指を這いこませてきた。

(うッ)

陰唇に触れ、奥にぬぷっと先端を突きこんでくる。

瞬間的に我慢の糸が切れた朋也が水中で探り当てた何かを思い切り蹴り上げたのと、陽介がやっと端まで泳ぎ着いたのはほぼ同時だった。

握り潰されたカエルの様な声を上げた男を、他の男達が慌てて支える合間から、水面に立ち上がった姿を見つけた朋也は「陽介!」と声を上げて形振り構わず水をかいて駆け出していく。

振り返った陽介が髪から水を抜きながら「どした?」と暢気な様子で聞き返すものだから、朋也は勢い付いたまま思い切り睨みつけてしまった。

「な、何?」

ギョッとした陽介に、やられた、と憎々しげに吐き捨てる。

「何を?」

「痴漢」

「えッ」

俄かにポカンとして、それからすぐ血相を変えて朋也の両肩をギュッと握り締めると、陽介は「誰がやった」「何された」と深刻な表情で朋也を質問攻めにした。

朋也は痞えつつ、お前を待っていたらいたずらされたんだと事情を説明し始めた。

その合間に何故か体が小刻みに震えだした。

悪寒が背筋を這い登り、交差させた両腕で体を自ら抱くようにしていたら、陽介が唐突に抱きついてくる。

唖然とする朋也に、とにかく上がろう、と耳元で囁いて、傷付いた表情がそっと覗き込んできた。

「ゴメンな」

「えッ」

「俺が傍にいなかったから、本当ゴメン、とりあえずプールから出よう」

「ち、違、陽介は何も」

「いいから」

促されて、肩を抱かれたまま水の中を歩き出す。

傍らの温もりがやけに頼もしくて、朋也はそっと身を預けるように寄り添っていた。

 

日陰のビニールシートに腰を下ろして、とにかく落ち着こう、と陽介が買ってきてくれたホットのコーヒーを飲んでいるうちに、自分が思っていたより動揺しているのだとようやく気付いた。

警備員を呼ぼうとする陽介を引き留め、もういい、と、タオルをまとって小さく丸くなる。

「さっき速攻追いかけてたら、痴漢捕まえられたかもな」

「バァカ、あの状況でお前ひとり置いていけるか」

陽介の腕があやすように朋也の背中を叩いた。

何か食べるかと聞いてくるから、いらないと首を横に振り返す。

「それより、もう帰りたい、お前には悪いけどさ」

「ああ、本当すまなかったな、朋也、俺がプールなんか誘ったばっかりに」

「それは違う、泳ぎにきたのは本当によかった、楽しかったよ」

「けど、バッテンついちまったじゃねーか」

「あれは不可抗力だ、陽介は何も悪くない」

むしろ、もっと早くに抵抗していればよかったと、そこが一番悔やまれてならない。

あんな程度で追い払えるのなら分かりやすいアクションを起こしておけばよかった、たとえば。

(浮きの一つでも握りつぶす、とか)

世間体で戸惑った結果の自業自得だ。

呆れたものだなと溜息を漏らすと、また陽介にぎゅっと抱きしめられた。

「俺、これからは何があっても、お前のこと絶対に守るよ」

「いいって」

「よくない、お前がまた今日みたいな目にあったら嫌だ」

「陽介」

向けられる想いの深さに少しの戸惑いを覚える。

それでも、真摯な言葉が素直に嬉しかった。

(どっちつかずだな)

男のプライド、女の体。

いっそどちらか片方になれば。

(そう、いっそ―――)

 

花の香りがして、目眩を覚えた朋也の体を強い力がギュウと抱きしめた。

 

「痛い」

「あ、ご、ごめッ」

慌てて腕を緩めながら、お前からも来てくれたから、とか、言い訳する姿が面白くて笑ってしまう。

朋也は先程のお返しのように、陽介の背中をポンポンと叩いてやった。

「もう帰ろう、いいよな、陽介」

「ああ」

「有難う」

「じゃあ俺ここ片付けて戻るから、朋也は先に着替えて待ってて」

「わかった」

「あ、と、そだ、もし何かあったらすぐ携帯で連絡する事、それと、人気のない場所厳禁な!」

「了解」

立ち上がる朋也に腕を貸すような格好で陽介も立ち上がった。

「大丈夫?」

「平気、悪いな陽介」

「いいって!お前は俺の彼女なんだから当然って顔してればいいの、な?」

「それはありがたいけど、彼女っていうのはちょっと釈然としない、かも」

「じゃあ彼氏?」

「まさか」

「だったら彼女だろ、ンなことより絶対一人でフラついちゃダメだかんな、いいか?ここから真っ直ぐ更衣室行け、んで外出てもなるべくチケット売り場の傍で待つように!」

「ん、アリガト、陽介クン」

「えッ」

「何?」

「―――今の、もっかい言って?」

バカ、と告げて踵を返し、そのままスタスタ歩き出した朋也の背後で、陽介が「なんだよッ」と切ない声を上げていた。