(えーっと)
何から話せばいいだろうか。
(まず)
「一旦、上がろうと思って、プールの端でお前待ってたら」
足に触れられて。
「何だろうと思ってたら、いきなり腕掴まれて、周り囲まれて」
あまり連係プレイはうまくないように見受けられた。
本当に軽い気持ちでちょっかいを掛けてきたのだろう、それでも、行為の内容はとんでもないものだが。
「それからその、胸、とか、揉まれて」
陽介が手元を揺らす。
卓の上で食器がガチャンと音を立てる。
「水着の中に、指突っ込まれた」
「っつ!?」
陽介は朋也の手を強く握り締め、そのまま硬直してしまった。
―――やはり刺激が強すぎただろうか。
(まあ、彼女にそんな事されたら、普通はショック受けてキレるよな)
こちらの認識はともかく、陽介は今、そういう目で朋也を見ている節がある。
そして同性として相棒の心情は察するに余りあるものだ。
(今は女だけど)
内心皮肉りながら伺っていた陽介の顔色は見る間に翳り、怒気を孕んだ低い声で「畜生」と漏らしていた。
「よくも―――」
あまりの急変振りに多少驚きつつ、まあ落ち着けよと朋也は陽介を宥める。
「俺だし、これが女の子相手ならとんでもない話だけど」
「今は女の子じゃねーか」
う、と言葉に詰まってしまった。
(ごもっとも)
けれど、恐らく同じ状況で一般的な女子が抱いただろう恐怖心の様なものは朋也の内に喚起されていない。
それは多分、体は女になったけれど、心が元のままだから。
気持ち悪い、腹立たしい、それでもまだどこか余裕が残っている。
二度目の顔合わせで腕力に物を言わせて追い払った行為こそが深層心理の表れだろう。
(今の俺は、凄く中途半端だ)
それだけに性質が悪いのかもしれない。
溜息を漏らしつつ、朋也は「元は男だよ」と陽介に告げた。
「痴漢ぐらいで慌てないよ、減る程酷い目にあった訳でも無いし」
不意に、膝の辺りに妙な感覚を覚えて、朋也は卓の下を覗き込んだ。
(え?)
自分の足ではない、もう一本の足がスカートの裾から伸びている。
何だろうと思った途端、股間をむに、と強く押された。
「なッ」
ギョッとして見上げた陽介と視線がぶつかる。
暗がりの奥、布越しに、陽介のつま先が柔らかな花弁をムニムニと揉んでいる。
(う、嘘だろッ)
咄嗟に足を掴んだが、途端深々と指を埋められて小さく悲鳴が漏れた。
卓上の片手は逃すまいとがっちり捕えられている。
腰を引いても、逆に陽介が卓の際まで追いかけてきて、甘い刺激が施されるたび、朋也は体を小刻みに震わせながら「ア、ア」と艶やかな鳴き声を何度も漏らす。
下腹の奥に熱が生じ始め、切なく疼いてどうにも身動きが出来ない。
(どうしよ、力、入んないッ)
陽介の足を引き剥がそうとして掴んだ手が、逆に添えているような具合になってしまっている。
頬を染め、キュッと唇を噛み、睨みつけた視線の向こうで陽介は薄い笑みを浮かべながら朋也を眺めていた。
「とーもちゃん、どうしたの?」
「お前ッ」
「顔ちょっと赤いけど、プールで疲れた?」
「ふあぁッ、アッ」
指の腹が割れ目を何度も往復する。
「ねえ、どうしたの?急に変な声出したりしてさぁ」
「んんッ、んふぅッ、んッ、ンッ」
グイグイ、グニグニと弄られている。
「ちゃんと答えてよ」
「んぁッ、ハッ、や、やめッ、ンン!」
「朋也」
「陽介ぇッ」
ひょっとして―――痴漢されて、感じた、とか?
「っな!?」
ギョッと目を剥き、咄嗟に大声を上げてしまった朋也は、すぐ青ざめながら周囲を伺った。
数人の客やウェイトレスと目が合ったけれど、彼らは訝しむような表情を浮かべただけで、各々また意識を元に移していった。
ホッと息を吐いたのも束の間、再びつま先がクロッチ越しに花弁をまさぐり始める。
「やだッ」
「どうなんだよ朋也、実際のトコ」
「やッ、そ、ンな事、あるわけないッ、だろッ」
「ホントに?」
(屈辱だ)
今施されている行為もそうだが、謂れの無い言いがかりで頭にカッと血が上る。
勢い「ふざけるな」と吐き捨てると、だっての声と共にぬかるんだ甍をぐーっと指の腹で押された。
「ふあぁッ、んんッ」
「ここ、もうこんなにしちゃって」
クロッチの内側からジュワッと蜜があふれ出す。
朋也の太腿を濡らし、卓の下から女の香りを立ち上らせた。
朋也は必死に声を押し殺し、片手に掴んだ陽介のズボンの表面をキュウと握り締めた。
「俺の靴下までぐちょ濡れ、知らない野郎に生で指突っ込まれて興奮したんじゃないの?」
「違ッ、そ、れは、お前がッ、いじる、からッ」
「へえ、じゃあ何?俺だとちょこっと触られただけで、もうこんなになっちゃうわけ?」
朋也、やーらしい。
くちょくちょと水音が聞こえるほど潤んでいる陰部を足の指が乱雑にこねくり回す。
「知らない男にイタズラされてもへっちゃらだったのに、俺だとつま先でも感じちゃうんだ」
「そんなわけッ」
あるか、の言葉は捻じ込まれたつま先の感触に吹き飛ばされた。
けど実際そうじゃない、そう言って陽介はニヤニヤ笑っている。
「んぁ!あッ」
「こんな場所で、こんなになっちゃって、どーすんの?お前」
「あッ、ダメ、陽介、ダメッ、ほ、んと、も、やめッ」
「エッチな匂いまでさせちゃって、バレたら大変なことになるぞ」
「お、お前がッ、あッ」
「俺も股間がキツくなってきたな、朋也、お前も足コキしてよ」
「やッ、馬鹿!」
(本当に悪ふざけが過ぎるッ)
もう勘弁してくれと心底願う。
陽介に触れられるのは嫌いじゃない。
けれど、公の場で晒し者のように弄られるのは屈辱以外の何ものでもない。
テレビの中で押し倒された時以上の不安と恐怖で全身が総毛立つ。
(ただでさえ人目につかないようにしてるっていうのに)
公共わいせつ罪とかで補導された日には、一体どうしてくれるんだ。
お調子者の陽介が憎い。
朋也が慌てるのを見て愉しんでいる神経に腹が立つ。
(大体痴漢されて酷い目にあったのは俺だぞ?それなのになんでまた、こんな目に)
キュッと目を閉じ、小さい声でア、アと鳴きながら、肩を震わせていた朋也の目の端を何かが伝い落ちた。
瞬きする度ポトポトと零れ落ちて、一体なんだろうとぼやけた視界で膝の上の染みをボンヤリ眺めた。
ふと、陽介の足の動きがいつの間にか止まっている事に気付く。
見上げた先の申し訳なさそうな顔と目が合って、陽介は小さく「ゴメン」と呟いた後、スカートから足を引き抜いた。
合わせて朋也も掴んでいた手を放し、キュッと太腿を閉じて、熱を帯びた股間をスカートの上から押さえるようにする。
「ん、ンッ」
体中がまだフルフルと震えてしまう。
呼吸が上がっている、肌が火照っているのを感じる。
卓の上の手は痛みを感じるほどではなくなったけれど、まだ握られたままだ。
「俺、無性に腹が立って」
項垂れる陽介をボンヤリ眺めていた朋也は、緩々と我に返り、そして、突然目を三角にして「お前ッ」と半ば怒鳴るように声を上げた。
「この、変態ッ」
「へ、変態ッてのは流石に」
「ふざけるな、変態以外の何者だ、この、馬鹿!破廉恥!」
「ちょ、待ッ」
掴まれたままの手をくるりと上に向ける。
そのまま陽介の手を握り返して、更にグッと力を込めてやった。
途端店内に絶叫が響き渡り、ウェイトレスが血相を変えて陽介の元に駆けつけた。
「だ、大丈夫ッス、ホント、全然問題無いんで、お騒がせしてスイマセン」
苦笑いの陽介を軽く睨みつけてウェイトレスは去っていく。
店内のあちこちから向けられた迷惑そうな視線も、すぐ興味を無くした様に各々他所に移された。
ひと心地ついて、溜息を吐いた後、陽介は卓上に身を乗り出しながら逆に「お前ッ」と小声で抗議してくる。
「今すっげー痛かったぞ!思わず大声だしちまったじゃねーか!」
「自業自得だろ」
「んなに怒る事ないだろ!実際結構良かったんじゃねーのッ」
「時と場合を考えろ」
「ちくしょう、よくも」
―――そう、言いながら、陽介は手を放そうとしない。
内股が熱く疼いて、体の芯が火照っている。
痺れるような情欲に朋也は大きく息を漏らしていた。
(まったく)
むくれている陽介を眺める。
(またモヤモヤしたもの押し付けようとしやがって)
相棒にそういう傾向がある事を、朋也はちゃんと把握している。
本人が知っていてして、しているのかまでは、いまいち不明だが、その甘えを引き受ける事自体は重荷ではない。
ただ、さっきのように暴走されると、性質が悪く始末に負えないのも事実だ。
最初にペルソナを暴走させたのも陽介だった。
思い詰めるタイプは厄介だなと、淫猥な気配が蟠っている下肢にキュッと力を込める。
(こいつは、俺が男のままで、さっきみたいな目にあったとしても、やっぱり腹を立てるんだろうか)
―――鼻腔に甘い花の香りが漂った。
俄かに激しい頭痛がして、思わず目を瞑った朋也に、陽介が「大丈夫か」と呼びかけてくる。
「ん、平気」
「顔色悪いぞ」
「お前にハレンチな真似されたからな」
「ハイハイ、どーも、スミマセンでしたねぇ」
ズクズクと頭の芯に響くような痛みは徐々に治まっていった。
朋也はフウ、と一息吐いて、再び陽介を見詰めると、改めて、深々息を吐き出した。
「プールとここの冷房で冷えたかな、風邪ひきかけてるのかも、そろそろ出よう」
「あのさ、人の顔見ながら溜息吐くのやめてくんない?」
「友達甲斐の無いお前が悪い、傷心の俺に追い討ちかけて」
「気にしてないって言ったの誰だよ、それに、そもそも俺は」
「行くぞ」
席から立とうとして、スカートの内側から漏れた水音に少しだけ顔を顰める。
陽介はまだ気付いていない。
けれど、朋也の奥は熱を帯びてズクズクと甘く熟れたままでいる。
(今、何かされたら、今度こそ抵抗しきれないかもしれない)
嫌な予感に唇を噛んだ、朋也の目の前に手が差し出された。
見上げるといつの間にか席を立っていた陽介が微笑みかけてくる。
「大丈夫?」
「平気」
「強がんなって、ほら、手ぇ貸して?」
「いいよ、ホント」
「いいから」
再び目の前に突きつけられた手と、陽介の姿を交互に見て、朋也は苦笑いと共に渋々手を重ねた。
「ホント、ゴメンな」
朋也を立ち上がらせつつ陽介は呟く。
「帰ったら一緒にシャワー浴びよ?」
「それは遠慮しておく」
「なんで、いいだろ?」
「お前と一緒に入ったら、もれなく今の続きするだろ」
「ンなの当然だろ、何だよ今更」
―――脳裏に、叱っても飛び掛ってくる犬の姿が浮かんだ。
ぎゅ。
本日二度目の絶叫は、今度こそウェイトレスから強い注意を喰らってしまった。