夏の星が綺麗だった。

慣れないサンダルは踵が擦れてしまって、背中の温もりを感じつつぼんやり夜空を眺めていた。

(俺は何がしたいんだろう)

花の香りが漂う。

体の芯がまだ疼いて、熱い。

(陽介は、何がしたいんだろう)

ヒラヒラ揺れるスカートも、可愛らしいフリルも、元は自分の領分ではない。

けれど朋也は今、それらに身を包まれ、しかも違和感無く馴染んでしまっている。

夜風にそよぐ長い髪が鬱陶しい。

華奢な腕にうんざりする。

(でも、これが今の俺)

理由も分からず、いきなり女になってしまった成れの果ての姿。

(何で)

―――声がした。

(違う)

頭の奥に靄がかかっているように、ハッキリとしない。

つま先をブラブラさせていると、大丈夫?と聞こえた声が優しくて、朋也は額を背中に擦りつけながら「うん」と小さく答えた。

声は、紛れも無く少女の音と気配だった。

 

 シャワーから上がってきた朋也がぼんやりしているので、少し気になって熱を測らせたら、案の定微熱があった。

(ちょいムチャさせすぎたかな)

冷蔵庫から発掘した保冷材をタオルで包みながら陽介は少し前の自分達を思い返していた。

―――無人の電車内で散々弄り、駅に降りてから駐車場の奥で及んだハレンチ極まりないアレコレ。

(さっすがに、マズかったか)

今更ながら、恥ずかしくて挙動不審になってしまう。

俺どうしてたんかなと思うことしきりだ。

思い返せば、今日は朋也を気遣って、早めに探索を切り上げて遠出をしたはずだ。

家に帰ったら少し具合が戻ったように見えたから、気晴らしついでに、自分の興味と下心もちょっとだけ、けれど改めて、それは押し付けだったかもしれないと反省する。

今、俄かに自慢できる彼女が出来たような気分になっていることは、認めよう。

(でも俺は、朋也だったから)

異性に惹かれてしまうのは本能だ。

しかし誰でもいいという訳ではない、だから朋也が女になって、好きになったという訳でも無い。

(アイツが可愛いから、俺は浮かれちまって、ただ嬉しくて)

男の時から目は眩んでいたんだ、変化した部分といえば、胸がでかくなったことと、全体的なフォルムが丸っこくて小さくなった事、セックスがやりやすくなったことくらいだろうと考える。

(俺は、結局どっちでも変わんない)

部屋に向かって歩く。

(俺にとって、朋也は、朋也だ、それだけは自信持って言える)

クールで有能で憎らしいくらい美形で、けれど本当は淋しがり屋で怖がりな恋人。

(まあでも、セックスだけは、やっぱ女の子のほうが気持いいなあってのも、本音としてあるわけなんだけどさ)

それに、街中を、人目を憚らず手を繋いで歩けるのは、やはり朋也が女の姿をしているからこそ。

(けどアイツが負担に思ってんなら、そんなのはどうだっていい、早く戻してやんねーと)

よし、と呟いてドアを開いた。

(―――え?)

フワリ。

花の香りが漂う。

真っ暗な部屋の奥、陽介のベッドの上で横になっていた影が、もぞもぞと蠢いた。

その双眸が金に光って見える。

(何、あれ)

唖然と立ち尽くす陽介を、陽介?と小さく呼ぶ声が聞こえた。

(朋也、か?)

ギクリと体を震わせて、何故か知らないけれど、見てはいけないものを見てしまった様な気分になりながら、慌てて部屋の電気をつけた。

陽介のTシャツとショーツ姿の朋也が呻き声を上げながら、眩しそうに顔を顰める。

「具合、どうだ?」

気を取り直して、後ろ手にドアを閉めながら陽介は尋ねた。

「ん」

ベッドサイドから覗き込むと、相変わらず顔が赤くて、呼吸が荒い。

こっそり窺った目の色はいつもと同じで、陽介は僅かに安堵していた。

「あんま良くなさそうだな」

「うん」

「これ」

タオルで包んだ保冷材を額にあてると、白い手が受け取って肌に押し当てながらホッとした声を漏らす。

「気持ちいい」

「そっか」

「有難う」

陽介は勉強机の椅子を引き寄せて、ベッドの横に座った。

「今日暑かったし、ちょいハメ外し過ぎたな」

「それはお前だろ」

「お前だって気持ち良さそうにしてたじゃねーか、外だってのに可愛い声で鳴いちゃってまあ」

「誰のせいだ」

「ん、まあ、ちっとは反省してる」

「ちょっと?」

「すんません、ウソです、調子乗りすぎました、ホントすんません」

ったく、と呟いて、けれど朋也は微かに笑っている。

ああ、可愛いなあ。

(こいつのこういうところが好きなんだ、俺)

朋也は優しい。

厄介な状況に陥っても、ちゃんと向き合って、どうにか解決しようとする。

肝が据わっている部分は素直に男らしくて尊敬するし、懐の広さに何度救われたかわからない。

(でも、俺とコイツは同い年だし、頼ってばっかだけど、無理させてんじゃねえかな)

自分の事を後回しにしがちな相棒を密かに気遣っていても、特別何かできていない自分に若干の歯痒さを感じることしきりだ。

今だって、朋也は、何か隠しているような気がする。

(何、とは言えないけど)

姿形が変わって混乱しているだけのようにも思うが、それだけでない悩みを抱えてはいないだろうか。

陽介は朋也をジッと見詰めた。

「朋也」

「ん?」

「―――辛いトコあったら、ちゃんと言えよ?」

「だったら今が辛い」

苦笑いの相棒は上掛けを引き寄せて、もぞもぞと潜り込んだ。

「なあ、陽介」

「何?」

「わがまま聞いて?」

「うん」

「このまま寝たい」

一瞬キョトンとしてから、ここ数日盛りっぱなしの確信犯は苦笑いを浮かべた。

「了解、シャワーもフラれちまったもんな、いいよ、こっちも大人しく客間で寝ます、このベッドは使ってちょうだい」

「悪い」

「気にすんなって、それより寝る前にさ、もっかい包帯取り替えておこう?あと水、汲んで置いとくから」

「有難う」

「うん」

「陽介」

「何?」

「お礼が欲しい?」

悪戯な微笑。

陽介の胸がドキリと高鳴る。

二人は見詰めあい、ゆっくりと唇を重ねた。