今の自分の心を映すような曇天に重い溜め息が漏れる。

夏の大気はじっとり肌に纏わり付くようで、倦怠感と共に気持ちばかり焦り、憂鬱な思いが増していく。

「結局、黒沢君、どこにもいなかったね」

ぽつんと呟いた千枝の言葉に合わせるように、ジュネスのフードコートに集った特別捜査隊の面々は沈鬱な表情で項垂れた。

―――昨晩、あのまま朋也は姿を消してしまった。

直後に家の近所を必死で探し回ってみたけれど、陽介は結局朋也を見つけることが出来なかった。

そして今日。

仲間達に連絡を回して、全員で、それこそ稲羽市全体をくまなく探し回ってみても、やはりどこにも朋也の姿は見つけられなかった。

「先輩、どこに行っちゃったんだろう」

「うん」

「クソッ、黒沢先輩」

不安げな仲間達をこっそり伺う。

陽介の脳裏では、昨夜の出来事が何度もリピートされ続けていた。

『それなら』と赤い唇が微笑む。

『もう、返してあげない』

そう言われた。

(一体何を返さないっていうんだ)

酷く焦れている―――最も肝心なところを見逃していた自分自身が腹立たしく、一層情けなくて仕方ない。

女の姿に変わってから憂鬱げにしていることの多かった朋也。

すぐ傍で見ていたのに、勝手に舞い上がって、便乗して、一人よがりもいい所だった。

(俺は、バカだ)

いつだって一歩遅い、もう少しの所で手が届かない。

(何で、いつもいつも、俺は)

異様な雰囲気を纏った朋也が、蟲惑的な笑みと共に部屋を出て行った姿が忘れられない。

あれは朋也でなかったような気がする。

けれど、朋也だったようにも思う。

―――少なくとも、その少し前、腕に抱いていた姿は間違いなく朋也だった。

「ねえ、花村?」

いきなり話を振られて、多少動揺しながら振り返ると、相変わらず表情を曇らせた千枝が他に朋也の行きそうな場所に心当たりはないかと尋ねてきた。

「黒沢君、あんな姿だし、稲羽から出ていったりとかはないと思うんだけど」

「あ、ああ、それは多分ない」

「どうしてッスか?」

「金持ってねえし、ここじゃ他所モンはどうしたって目立つだろ?―――あんな美少女が一人でその辺ふらついてて、誰も見てないなんて話あるか?」

「けど、いなくなったのは夜の間なんでしょ?」

「それなら、夜に出歩く人なんて殆どないし、見てなかったりもするんじゃない?」

「けどさ、終電はとっくの昔に行っちまった時刻だった、徒歩ってことはまずありえねえよ」

「それもそっスね」

「だったら、他にどこか」

「まさか―――攫われたりとか、してないよね?」

りせの言葉に全員が一瞬黙り込む。

けれどその沈黙を完二が破った。

「それこそ、ありえねぇだろ!黒沢先輩、力は変わってなかったし、あの姿でも俺とガチでやりあえるっつの」

「だ、だよねえ?」

陽介は、ふと、一昨日二人でプールに出かけたときの事を思い出していた。

痴漢に遭ったと話していたけれど、その痴漢の姿は二度とも陽介が戻った時には消えていた。

朋也の様子から察するに、恐らく自力で追い払ったのだろう。

テレビの中でも支障なく体より大きな剣を振り回していた。

「でも」

不意に雪子が口を挟む。

「完二君だって、一度は連続殺人犯に―――テレビの中に放り込まれたじゃない」

今度こそ、全員が黙り込んでしまった。

気配を察したのだろうか、傍に大人しく座り込んでいた狐が小さく鼻を鳴らす。

「お、おい、クマ!」

卓を強く叩いて、陽介はさっきからシュンと黙り込んでいるクマを振り返った。

「―――何クマか?」

「テレビの中に、何も気配は感じねえのか?」

「クマには分からんクマ」

「私も、特に感じないよ―――先輩、ゴメン」

重ねてりせからも謝られて、ハッと我に返った陽介はそのまま小さくゴメンと詫びた。

「とにかく!」

千枝が沈んだ空気を撥ね退けるように声を上げる。

「もう少し、暗くなるまで探してみようよ、りせちゃんもクマきちも何も感じないんだったら、あっち側には行ってないんだろうし、だったら単純に、どっかに隠れてるとか、そういうことなんだよ、きっと!」

「そう、だよね」

「先輩」

仲間たちは、雪子と千枝、完二とりせに別れて、それぞれに朋也を探しにフードコートを後にした。

クマは万が一を考えてテレビの中に向かい、朋也が帰ってくるかもしれないと陽介は自宅に足を向ける。

戻る前に、近所をもう一度探しなおしてみようと考えていた。

本当にどこに行ってしまったのだろうか―――揺れるカーテンの向こうに人の気配はなかった。

朋也は本当に『消えて』しまった。

(何でか、居間のテレビもついてたんだよな、何でだろうな)

それがやけにひっかかっている。

けれどクマとりせはあちら側に何の気配も感じないと言っていた。

(じゃあやっぱり外に出て行ったのか、確かに、マヨナカテレビは番組映ってる最中じゃ受信しねえし)

―――『それなら、もう、返してあげない』

何度も浮かんでくるフレーズに、何を、という疑問ばかり膨らんで仕方ない。

朋也は何を返さないつもりなのか。

どうしてあんな事を言ったのか。

「わっかんねえよ」

呟きながら、足元の石を蹴り飛ばして、周囲をキョロキョロと伺った。

どこかに行方不明になったしなやかなシルエットが見えないものかと心底思う。

けれど人影一つすら無く、途方も無いような思いに駆られる。

(朋也)

笑顔もあったはずだ。

けれど、今思い出せる表情はどれも悲しげで、辛そうなものばかりだった。

陽介はグッと奥歯を噛み締めて、気合を入れなおすために頬をパンパンと叩くと、改めて近所の捜索を開始した。