サワサワと聞こえ出したカーテン越しの音にビクリと肩を震わせて、ガラス戸を通して覗いた夜の風景に雨が降り出していた。

雨―――背筋がぞわりと粟立つ。

陽介はひんやりとした表面に両手を押し付けて、じっと漆黒の世界に見入る。

昼間の捜索で、結局朋也を見つけられないまま、日が落ち、タイムアップとなって、仲間達は何かあれば連絡を取り合う約束の下、それぞれの帰路についた。

陽介も、後ろ髪引かれる思いではあったが、帰らざるを得なかった。

稲羽の中は十分探した、万一の可能性も考えて山の方まで探しに行った、クマもテレビの中を可能な限り探し回ったらしい、しかし、朋也はどこにもいない。

「朋也」

呟いた声があまりに頼りなくて、不甲斐ない自分に嫌気さえ覚える。

俺は今まで何をしてきたんだろう。

恋人一人探し出せないなんて。

(特別捜査隊だ、何だ言ったって、結局はこの程度なのかよ)

その特捜メンバーも、朋也不在ではなんとなしに生彩に欠ける。

常にリーダーとして皆を牽引してきた朋也。

今更のように存在の大きさを思い知るようで、心底情け無く、自身の甘えや覚悟の温さを噛み締めて、勢いガラス戸を叩いてしまった。

庭に面したガラスはそれしきの事では割れないと強調するように大きな音を立てて震えたけれど、陽介はビクリと肩を揺らし、漸く我に返った思いでフウと深く溜息を漏らす。

「俺がイライラしたって、仕方ねーだろ、バカ」

自ら罵り、振り返って、居間のソファにボスンと腰を下ろした。

―――昨日までは風景の中に朋也の姿があった。

誰もいない屋内はそれだけで夏なのに冷え込むようで、陽介は自然と、両腕を抱くような格好になっていた。

俯き、溜息を落し、頭を振る。

戻って来い朋也、いいや、戻ってきてくれ、お願いだから―――どこに行ってしまった、どこにいるんだ、朋也。

(酷い目に遭ってないか、怪我とかしてねえかな、お前、あの時、靴どころか服すら着てなかったじゃねえか、誰かや何かに、何かされてんじゃねえだろうな、いいや、腹へって動けなくなってんのかも、外こんな暗くなってんのにどこほっつき歩いてんだよ―――まさか、戻らないんじゃなくて、戻れないんじゃ―――朋也、朋也!朋也!)

他のことなど考えられない。

昨晩姿が消えて、それからずっと陽介の脳内は朋也で埋め尽くされている。

朋也が心配で、不安で、寂しくて、理解の足りない自分が腹立たしくて、けれど心情を打ち明けてくれなかった朋也が僅かに恨めしくもあり、なぜあんな事を、どうしてあの時と、繰り返してもどうにもならない。

わだかまり、頭をかきむしる。

「とも、やぁ」

切れ切れに漏れた声の合間に涙が滲んでしまいそうで、陽介はグッと顎を上げて、天井の照明を睨みつけた。

眩しくてすぐ目を逸らした視界に残る光の影に瞬きを繰り返しつつ、湿っている目元を手の甲でぐいと拭う。

―――今更、都合のいい話かもしれない。

(朋也を見つけて、ちゃんと話をしよう)

唇をかみ締める。

(お前のこと、本当の意味で考えてやれてなかったって、謝るんだ)

多分朋也は許してくれるだろう。

けれど、今回だけはその優しさを甘受してはいけない。

俺は贖わなければ、朋也の本音を聞き出して、気の済むような罰を受けなければ―――二度と相棒を名乗れなくなる。

辛い時苦しい時、分かち合うのが俺たちの関係だろうと両手を握り締めた。

出会ってまだ半月も経っていない相手にそこまでの期待を抱く事自体、お門違いの感情かもしれない。

もしかしたら朋也は違っていたのかもしれないと、思いかけて陽介は今度こそ「いい加減にしろよ!」と、誰もいない部屋で、自らを罵る声を上げた。

「そんなわけないだろ、まず俺が信じないでどうするんだよ!」

ふと脳裏に、今年の四月に起きた事件が過ぎった。

あの時も勘違いだった、一人で舞い上がって、小西早紀の本音などまるでお構い無しだった。

同じ愚を冒そうとしているのかもしれない。

陽介は小さく体を震わせる。

「違う」

呟いて、改めて、握った拳で傍の卓を叩いた。

「違う!そうじゃない!俺は―――俺は、今度はちゃんと、アイツと」

愛し、愛される関係に自惚れていたのではないのかと、心の内側でチクリと呟く声がする。

錯覚していただけだろう、事実朋也は何も話さず、いなくなってしまった。

見限られたのだ。

「けど、あの時アイツは」

返してあげない、と言った。

『忘れちゃったんだ?』とも言っていた。

忘れている―――何がそうであるか、全く見当がつかない。

しかしだからこそ愛想をつかされたのかもしれないと、ギュッと瞑った瞼裏に、最後に見た朋也の姿が蘇ってきた。

忘れちゃったんだ、それなら、もう返してあげない。

フワリとなびく銀の髪、白い肌、扉の向こうに消えていく姿。

「どうして話してくれなかったんだよ」

恨み言など情けない、けれど、陽介は止める術を見出せず、独白を続ける。

「言ってくれよ、でないと俺、馬鹿だから分かんないよ―――どこ行っちまったんだよ、どうすりゃいいのか、もう何も分かんねえ、俺、お前がいないと全然ダメだよ、朋也、ともやぁ」

目頭が熱い。

悔しい、それ以上に、辛い。

ほとりと涙が零れ落ちた時、不意に雨脚が強くなった。

時計から漏れ出した音色で顔を上げて時刻を確認するのと殆ど同時に、卓を挟んで向かい側にあるテレビがザザ、ザーッと、砂嵐を画面に映し出した。

「えっ」

思わず声が漏れる。

時刻は深夜になっていた。

戻ってから食事も摂らず、思い悩み続けて、いつの間にかこんなにも過ぎていたらしい。

雨粒がガラス戸の表面を激しく叩いている。

真夜中、雨、突然映し出されたテレビ―――体の芯がスウッと冷えていく。

「なんで」

呟いた声は、俄かに聞こえてきた女の悲鳴にかき消された。

その声は、確かに覚えある音で、画面の向こうから繰り返し陽介を呼んでいた。

 

 

…連続してエロス無くてスマン、こっからですよお客さん(笑