ろうそくの火が揺れる。
薄暗い中に浮かび上がる家族の姿。
ホラ、和哉。
母に優しく促された。
「フー、して、フーッ」
息を吹きかけるとロウソクの火が揺らぎ、それでもまだ全部は消せない。
もう一度、二度、三度、フウフウと息を吹きかけて漸く全てのろうそくが消えた。
直後にパッと部屋の明かりが灯り、明るくなった室内に温かな拍手が響き渡る。
「おめでとう!」
「和哉、お誕生日おめでとう!」
「おめでとう」
和哉は満足げに頬を上気させながら周りを見回した。
卓を囲む大好きな人達。
父と、母と、兄。
さぁ、切りましょうとバースデーケーキにナイフを差し込む母に、一番大きなイチゴは自分のものだと懸命に訴える和哉を見て、家族は和やかに笑っていた。
「大丈夫よ、一番おっきいの、和哉のお皿に乗っけてあげる」
「今日は和哉が主役だからな、お誕生日のプレートも、和哉のだぞ」
「うさぎは?」
「お前のものだ、俺のイチゴも全部やろう」
目をキラキラさせて、いいの、と振り返った和哉に、直哉は笑顔で頷き返す。
「じゃあ、じゃあ、端っこのクリームも欲しい」
「欲張りだな、この間読んでやった本に出てきた爺さんを忘れたのか?」
「あう」
「フフ、そうよ?ケーキはいっぱいあるんだから、欲張っちゃダメ、お兄ちゃんもケーキ食べたいでしょ?」
別にいいんじゃないかと漏らした父を母が即座に睨みつけた。
「パパのイチゴもあげたら?ネームプレートが和哉のなのは当たり前じゃない」
「う、お、俺は」
「ハイハイ、だからね、あんまり意地悪言わないでちょうだい、皆で仲良く食べましょ、ね?」
この家で一番偉いのはママだ。
次がナオヤで、その次がパパ、俺は一番末っ子の弟、ナオヤがお兄ちゃん。
(でもパパはイトコだって言ってた)
イトコは兄弟じゃないから、ナオヤもお兄ちゃんじゃないんだぞと繰り返し聞かされていたけれど、幼い和哉に理解できるはずも無く、この頃はまだ(イトコなにーちゃん)と呼び名だけの認識に留まっていた。
実際二人は仲がよく、事情を知らない周囲の人々は二人を本当に兄弟と思っていたようだ。
日頃から直哉の後を追い慕う和哉と、その和哉を何より優先する直哉。
大勢の大人から、天才だ、素晴らしいと年中褒められている自慢の兄。
その兄から両手に余すほどの愛情を注がれている特別な自分。
和哉にとって、直哉は兄弟以上の存在で、殆ど世界の全てだった。
直哉がいれば大丈夫。
直哉は俺だけの兄ちゃん。
皿の上に大粒のルビーの様なイチゴが乗せられる。
フォークで刺して大きく口を開いてから、ふと思いとどまり、和哉はケーキの脇に乗せられたチョコレート製のネームプレートを指で摘むと真ん中からパキンと半分に折った。
「ハイ」
直哉に取り分けられたケーキの上に乗せる。
「はんぶんこ、にーちゃんもチョコ食べるでしょ?」
「あら、まあ」
母が嬉しそうに目を細くしていた。
間をおいて、直哉もニコリと微笑むと、和哉の頭をグイグイと撫でてくれた。
苦笑いしていた父のイチゴも、母のイチゴも、結局全部和哉の皿に集められて、小さな皿は沢山のイチゴで溢れかえっていた。
キラキラ光る赤色よりもずっと色鮮やかな愛に満たされた食卓。
母が腕によりをかけたというご馳走はどれも全部美味しかった。
母からは絵本を、父からはサッカーボール、兄からはゲームが今年のプレゼントだった。
「これ、にーちゃんが作ったの?」
「ああ」
「すげー」
「後で一緒に遊ぶか?」
「うん!」
「和哉、パパとも週末遊ぼうな、サッカー楽しいぞ?」
「遊ぶー!にーちゃんも一緒に遊ぼ!」
「え」
「パパ?」
母に睨まれ、父は再びバツの悪そうな顔で肩を竦める。
和哉は始終ニコニコと笑っていた。
とても楽しい誕生日だった。
十歳の誕生日―――それは、後々まで忘れられない思い出となったのだった。
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